09/01/15 06:25:12 8JSX8uMF
今まで長い間依存してた。
禁パチ決意してはリバウンドを繰り返してた。
でもこの間、境界性人格障害になってしまった友人から
人格を否定されまくったメールを何日にもかけて数十通もらった。
(パチしていることは知らない友人だから、パチへの非難はなかったわけだが)
たとえ病人の病理が言わせてる言葉でも毎日の人格否定のメールに心底傷ついて、
携帯持つのすら嫌になってしまった。
その時にふと自分が依存しているものへの恐怖も募ってきたんだよ。
携帯に然り、パチンコに然り、その友人との関係然り。ある時それは自分に向けて牙を剥くんだと。
あんなにないと不安だった携帯を解約しようとまで思ってる。
この手のひらにおさまるこの小さな機械に依存しすぎてた自分がいたと知った。
彼女のおそろしい人格否定から、自分のパチンコ屋通いはピタリとおさまった。
あんなに多くのお金と時間を無駄にした自分を悔やむということよりも
客が破綻しようが己の利益のために、きらびやかな物を用意して、実は牙を剥いている場所へ
自ら足を運んでいるという事実に恐怖感を抱いてしまい、こわくて行けなくなった。
今考えると、パチ屋へ行く道すがらが最高に脳汁出てた。
これから戦う自分、勝利に酔いしれる自分を勝手に想像し、ニヤニヤしていた。
「ま、いいじゃん?」みたいな甘えた発想を勝手にを自ら作ってしまっていたな。
お金のことを後悔して辞めようと思ったって、手元にお金が増えればその発想はすぐに変わる。
このことで辞めるのは至難の業だ。
その甘えた部分に恐いという感情を植えつけると案外楽に辞められるかも。