08/12/14 23:47:29 pMARhQAq
だ、か、ら……。俺は危なく学校にも行かせてもらえないところだったんだよ。
68年に変な影響を受けた親たちには、実際に子供をそんな風に扱った連中もいた。
まさにその「そもそもそんなものはいらないんじゃ?」的な考えだったんだよ。
当時はそういう考えが流行したんだ。その夢を見続けてる連中はいまだにいる。
もし学校に行かせてもらえず、教育カルト的な世界だけで育っていたら。
俺は世間の常識に触れることすらなかった。要点はそこだ。
俺にとって学校は別に癒しの空間じゃなかった。
カルトの中で育てば、普通の社会では受け入れられない。だからいじめられた。生徒にも教師にも。なぜ教師が? 父が嫌がらせをしたからだ。
「そもそもいらない」教育をしているとの理由で。
確かに義務教育は、国にとって必要な人間を育成するために発達した。
それはしばしば間違った方向へ進む。現場の教師たちは敗戦でそれを学んだ。
もちろん彼らも人間だから、誰にとっても公平にはなれない。間違いも犯す。
俺につらく当たった教師らは、父と俺とを同一視したんだ。
それは確かに間違っていた。
だが現場の教師の大半は、子供たちの幸せを願っている。
父と同世代で、似たような影響を受けた奴らの中には、
国や自治体の教育方針を定めることに関わる連中もいるかもしれない。
だが上が何を決めようと、現場の教師たちは実際に子供たちを見ている。
68年の「そんなものいらない」派は、現実の子供を見てはいなかった。机で理屈をこねるだけだった。
かつて俺は教師たちを憎んだ。自分を救ってくれないから。だがそれは甘えだった。
糞壷にはまった人生だろうと、自分でどうにかしなけりゃいけない。
今、俺は教師たちを信じる。国の教育制度を信じるかは別だが、無秩序よりマシだ。