10/06/05 00:12:55 eoNtAz+m0
長野新幹線の着工は1989年だから、バブル真っ只中のことだよね。
ウィキペの受け売りでアレだが、当時の中曽根内閣が貿易摩擦解消のために内需拡大を国際公約し、
公共事業の拡大政策を採ったこともバブル景気の要因のひとつとされてるね。
実際、整備新幹線の建設凍結解除が閣議決定されたのは中曽根内閣在任中の1987年。
全線フル規格での建設が決定される要因となった長野オリンピックの開催決定は1991年の6月で、
このときは既にバブル崩壊が始まっていたとされている。
しかし、この頃はまだ景気は持ち直すという楽観論が主体で、バブル崩壊が実感されるのはもう少しあと。
で、本題の「建設時の需要予測」だが、算定されるのは当然ながら着工前であろうから、当時のバブルの影響を
多分に受けていると思われるのだが実際はどうなんだろう。詳しい人ツッコミきぼん。
少なくとも、安中榛名駅の設置は、リゾート開発を当て込んだ末の負の遺産であることは疑いがないな。