09/05/22 16:55:24 rRucLrMa0
>>587
川俣線が実現してたら、磐城津島-川俣問屋前間は、
磐越東線の江田のような信号場か、北海道の赤字ローカル線にあったような
行き違い+仮乗降場のようなものが7~8kmごとに作られたかもね。
当然、国鉄赤字線廃止問題が浮上したときには真っ先に俎上に乗せられるような収支しか
見込めなかっただろうから、福浪線がバス輸送になったのは正解だったのだろうと思う。
(鉄道だったら昭和40年代には消えてただろうけど、バスだったから平成に入っても路線が残れたし)
ただ、昭和40年代までは、国鉄バス福浪線は県都福島と浜通り北部を結ぶ動脈だったから
乗客数もかなり多かったんだよね。浪江-福島間を主要な停留所のみ停車の「急行バス」が
日に2~3往復走っていたくらいだから(^ω^)