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津軽弁の詩人、高木恭造の有名な詩
【陽(し)コ当だね村】 1922年 津軽半島袰月(ほろずき)村 (現在、奥津軽駅がある今別村)にて
この村サ一度だて陽コあだたごとあるガジャ
家の土台コアみんな潮虫ネ噛(カ)れでまてナ
後ァ塞ぐがた高ゲ山ネかて潰されで海サのめくるえンたでバナ
見ナガ あの向の陽コあだてる松前の山コ
あの綺麗だだ光コア一度だて
俺等の村さあだだごとァあるガジャ
みんな貧ボ臭せくてナ
若者等ァみんな他処サ逃げでまて
頭サ若布コ生えだえンた爺婆ばりウジャウジャてナ(後略)
<標準語訳>
【太陽の当たらない村】
この村には一度だって、陽が当たったことあるかな
家の土台はみんな潮虫に食われてしまってナ、
後ろをふさぐ高い山に潰されて、海につまづいてしまいそうだ
見ろよ、あの向こうの陽があたっている松前の山
あの綺麗な光は一度だって
俺達の村に当たったことあるかな
みんな貧乏臭くてナ
若者達はみんな、他の土地に逃げて行ってしまって
頭にワカメが生えたような爺婆ばかりウジャウジャいる(後略)
60年後、この村に世界最長の海底トンネルが開通し、
100年後には新幹線が止まり、東京と約3時間で繋がるようになる。