10/05/29 14:55:48 ILCo6yvY0
>>554
>>555
子供の頃に読んだ文学全集で、似たような切ない短編を思い出したよ
スイスの山間の谷に、こじんまりしたホテルがあった。
穏やかな両親と、働き者の年頃の娘、やんちゃな幼い弟という
家族経営のこのホテルに、ある大雨の夜に、若い青年が宿泊して
夕食後にひと時、家族と談笑していた。
青年は才能のある小説家志望で、これから都会に出て
「国中の誰もに名前を知られるような小説家になるのが夢」と熱く語り
父親は「それは素晴らしい!我々一家の望みはそんな大それたものではなくて
ただ平凡に生きて、家族全員が幸せならならそれで満足ですな」と答えた。
初心なホテルの娘は、ハンサムで利発な青年をうっとりと見つめ
青年と眼が合うと真っ赤になって顔を伏せた。
青年は「なんて可愛らしい娘さんだろう」と目が離せなくなった。
外は大雨の嵐になっていたが、ホテルの暖炉の前は
あくまでも穏やかで、そして微笑ましい恋が芽生え始めていた。
そこへ何か地響きの音が聞こえ、家族と青年は顔を見合わせた
翌朝、村の人々が見たのは、無残にがけ崩れに押しつぶされた
ホテルの残骸だった。
人々は可哀想なホテルの一家を悼み、有名な歌手が家族の歌を
歌ったため、一家の名前は国中が知る事になった。
そして、悲劇の夜に「客」が居たらしい事は判ったものの
何処の誰かなど誰も知らなかった。
有名になるのが望みだった青年は無名のまま終わり
平凡な幸せが望みだった一家は、国中に名前を知られる
悲劇の一家となった。