09/09/21 19:54:41 yTBlTco6O
上京して大学に入ってすぐのことだった。下宿先のアパートの近くを散歩していた折、裏通りにある一件の古本屋を見つけた。
昔懐かしな風情のその店は外見からして客に媚びるという考えがないようで、入口と思しき扉の上に
『灯鳴堂書店』
と、立派な書体だがギリギリ読み取れる程度の木看板が付いている。
ガラス越しに覗ける店の中は割合あっさりとしていて、そこかしこに古本が積み上げられている、というのを期待してた僕はちょっと裏切られた気分だ。
中学生くらいまでは結構な本の虫だった僕だが、ここ最近は改めて本を読む機会がなかった。
当時読んでいたお気に入りの作家の続編でも転がってないものかと、冷やかし半分で店に入ってみる。
カランカラン
扉に付けられていた鐘がなる。コンビニなどで聞く電子ベルに慣れていた身には妙に懐かしく、新鮮に聞こえた。
「いらっしゃーい」
店の奥にあるレジから聞こえてきた声は、まったく僕の意表をつく若い女性の声だった。
雰囲気的には、還暦をとうに過ぎた寡黙な主人がジロリとこちらを見やる、そんな店なのだけど・・・。
その場違いな声にひかれて店の奥に目をやると、見た目僕とそれほど変わらないように見える女性がこちらを見て微笑んでいた。
腰まで届きそうな綺麗な黒髪を一つに縛り、なにか憂いを含んだような目をした女性だった。
非常に綺麗な人ではあるのだが、幽気とでもいえばいいのか、常人離れした雰囲気がある。
彼女がこの灯鳴堂の主人、黒沢京子。
僕がこの世とあの世で起きる事件に巻き込まれるきっかけになった張本人でもある。
ツヅク