09/12/02 03:44:03 h3Pbb2fF0
>>981
スレ立て乙です。
>>985
ダラムサラ (Dharamsala)にチベット亡命政府が移動したときの挿話を思い出した。
1949年の中共による侵略開始から、1959年の大殺戮を逃れてダライラマ14世とチベット人8万人が
インド・ムスーリーへ移動、そして、現地に一軒だけ残っていた拝火教徒(元はリゾート地だったのが
大地震で壊滅、拝火教徒の一家を残して無人化、拝火教徒の一家は一帯の大地主に)の招きに応じて、近くの
ダラムサラのガンチェン・キション(Gangchen Kyishong)(チベット語で「雪国の喜びの谷」)に移ることを
決めたときの話だ。ダライラマ14世とその一行は、招きに応じてダラムサラまでやってきた。
山深い場所なので、とりあえず側近らが様子を見に行くこととなった。その際、ダライラマ14世は側近に
「他のことは気にしなくていい。『水が美味しい』と感じる場所を探し出しなさい」と命じたという。
側近等はその通りにし、ガンチェン・キションで美味しい水に出会ったことをダライラマ14世に報告した。
そして、チベット亡命政府と亡命チベット人8万人は、ダラムサラのガンチェン・キションに移住、拝火教徒の
一家しかいなかった山中で、宗教都市建設に成功した。チベット人に「水が合った」のだろうね。