09/04/03 00:37:20 qVUCn8B+0
これは祖父が太平洋戦争時に体験したおはなしです
現在祖父は95歳で介護老人ホームに入所してます
このはなしを聞いたときにはすでにすこしボケはじめていたのを了承ください
祖父は当時、おそらく海軍の航空隊に所属しており夜間攻撃機の操縦士を勤めていた
はっきりは聞かなかったがおそらく「月光」という夜間攻撃機らしい
夜間に飛来するB29爆撃機を迎撃するのが主任務だったそうです
たしか横須賀だったかに所属みたいなはなしをしてました
昭和19年のおわりくらいから首都圏も爆撃が盛んになってきて
あけた終戦の年の昭和20年3月10日(俗にいう東京大空襲)でした
前日の夜23時ころに空襲警報が発令されたがなぜか解除され呆けてると
日付も変わり午前0時半ばころ再び空襲警報と出撃命令が発令された
祖父と電探士(レーダー操作のひと)ともう一人(なんのために乗ってるか不明)の三人で出撃
高度を上げ東京方面に機首を向けるとすでに東京は火の海だったそうです
空は火災の炎で真っ赤に染まり煙は高度何千メートルにもおよび
上昇気流が凄まじく首都圏上空は飛行困難でした
祖父は必死で操縦と目視による索敵をはじめ機首を西に向けたときです