08/12/21 16:41:24 J0C8n4X+0
>>153
日本兵と同じ扱いをしたら虐待されたと感じたようだ。
牛蒡を捕虜に食べさせた看守が戦後に「木の根っこを捕虜に食べさせた」として
捕虜虐待の罪で投獄されたとか。
あのバターン死の行軍にしても、捕虜を延々歩かせたとなっているが日本兵も
ほとんど歩いていたし、実際にこの後のフィリピンでの戦いでは大量のトラックと
ガソリンがあったものの誰も運転できなかったので単なる鉄の塊でしかなかった
という逸話があるくらい日本陸軍は機械化とは無縁に近い存在だった。
日本陸軍での純歩兵(文字通り徒歩の兵隊)は全軍の9割を占めているくらい
だし、独ソの大戦車戦とかドイツの将軍をして「米兵は一人に一台に車を持っている」
と嘆かせた世界とはまったく異なる軍隊だから。