08/10/10 04:34:28 9yw76c0u0
>>984の続きです。
さて、言葉や道具を使ったメソッドの段階に行くと、教えてもらって無論、こうした
浄化の手法に、私にも違和感無いのですが(もう何日もこれを思っていたのですが)
「ああこれはレン博士がやってみて効き目のあったやり方だな」と思いました。
世界観にそって考えたら、レン博士が人に問われて語る段階で、
「レン博士がやってみて効き目の有ったやり方を、
レン博士の話を聞きたくて集まった人に分かち合う」
は普通のこと、当たり前のことです。
彼の方法は彼の知り得た世界の中で確実に効き目があり、この世界観と調和します。
アイスブルー、日光に当てた青い瓶の水とか、なんというか、
あれは私の母が今よりもっと健康だった頃に「健康のために必ず朝一杯のお茶を飲む」を
してたのと何も違いないです。母に「浄化」という観念があったら、浄化に関する習慣を
持っていたと思いますが、母の場合は「健康維持」という観念に基づいた習慣でそこが
違いますが。
誰にもこうした観念に基づいた習慣が、それも非常に個人的なものが、いくつかあると
思います。レン博士の話を聞きたくて集まった人に対して、それは一つの確立した定型の
手法として受け止められているのですが、実はきっと、会場にいた一人ひとりにとって、
すでに、「私の場合はこうやっているとイイのよ」という習慣があると思います。
「私がイイと信じた方法は、私の知り得た世界(私の作った世界)の中で、効き目を発揮する」
???みたいなことと思いました。