テ ン プ ル 騎 士 団   ス レ ッ ドat OCCULT
テ ン プ ル 騎 士 団   ス レ ッ ド - 暇つぶし2ch523:,
08/05/28 21:02:49 TD/3JVYb0
踏み入れることになります。というのも、人間は取り分け本能を通して、ある種の物質や
病気に対する処置が生み出す効果に関して、知識を得ることになるわけですが、この場合、
まったく利己的な動機にしたがって、病気を引き起こしたり、引き起こさなかったりする
ことができるようになるからです。
                      (天使と人間71~72)
先に紹介したとおり、シュタイナーは、医学がこの先正しい方向に発達していくとしたら、それ
は現在のような物質主義的な医療のあり方を乗り越えたものとならなくてはならない、と
考えていました。すなわち、人間の心と病気の結びつきに関する深い洞察に基づいた医療
が、将来現れることになるだろう、と予測していいました。
 しかし、シュタイナーが想定していたことは、そうした楽観的な未来だけではありません。こ
こに掲げたようなまったく悲観的な事態も、ありうることとして考慮に入れたのです。未
来を単純に白と黒のように予想することはできないと言うのが、シュタイナーの教えです。未来
が悲観的なものとなるか楽観的なものとなるかは、わたしたち人間次第なのです。私たち
が人生を生きなければならない意味もそこにあります。
 したがって、ここでもシュタイナーは、人類が精神的に進歩することを怠ったまま、なおも現
在のような唯物論的な医療のあり方に固執し続けたらどうなるか、そうした事態を想定し
て述べているのです。治療効果を追求するあまり、人類は今以上に薬物や物質主義的な医
療技術―そこには当然ハイテクノロジーも含まれます―の開発に先進するだろう、だとするな
らば、その結果人類は「恐るべき損害」を被るだろう、とはっきり断定しています。


524:、
08/05/28 21:04:05 TD/3JVYb0

現在でもすでに大きな発展を遂げた先端医療や新薬は、めざましい治療効果をあげる反
面、さまざまな弊害をも引き起こしています。こうした現状を考慮に入れれば、シュタイナーの
予想はすでに実現してしまったと言っても過言ではないのかもしれません。新薬の投与や
臓器移植に伴う副作用の問題は、既に十分に深刻なものとなっています。しかし、医療者
にしてみれば、新薬や先端医療こそ最も効果的な治療方法なのです。
まさにシュタイナーの観察どおり、「人々は病的なものを健康的だと考えたがる」のです。

さて、こうした3つの事態が現実のものとなったら、いったいどうなるのでしょうか?

【大予言32】人間は性本能の逸脱を賛美し、醜いものを美しいとし、美しいものを醜いとするだろう。

ある種の事象や物質の治癒力に関する認識を本能的に拡大していくことに、人間は楽し
みを見出します。また人間は、道を踏み外した性本能を追求することに快感を覚えます。
超人間的で偏見にとらわれない無邪気な心が特別高度に発達したものとして、人間はこの
ような性本能の逸脱を賛美することでしょう。ある意味において醜いものが美しいとされ、
美しいものが醜いとされるのです。そして、人間はこのような事態について何も気がつき
ません。なぜなら、人間はすべてを自然の必然とみなすからです。しかし、それでは、人
類は人間自身の本質に命じられた道程から逸脱することになってしまいます。

                         (GA183 156~157)



525:、
08/05/28 21:06:20 TD/3JVYb0

シュタイナーのこの警告は、まるで75年前に、現在のラジニーシやオウムなどの狂信者集団の登場を
予告しているとしか思えません。
「道を踏み外した性本能を追求することに快感を覚える」
とか、
「超人的で偏見にとらわれない無邪気な心が特別高度に発達したものとして、人間はこ
のような性本能の逸脱を賛美する」
という指摘は、そのままカルト教団の悪魔的な本質をみごとに見抜いているようです。ラジニ
ーシが「堕ちた神(グル)」と呼ばれることは、まことに的を得ているといえるでしょう。
 さらにシュタイナーは、人類はたとえ誤った道を歩むとしても、そのことにまったく気づかな
い、というのです。この指摘を理解するには、マインド・コントロールにかけられたオウムの幹部や信
者たちの状態を想起してみれば、よくわかるでしょう。
そして、事態が取り返しのつかないところまで悪化したとき、人類はようやく自分たちの
誤りに気づくのですが、これもやはり、警察に留置されて少しずつマインド・コントロールがほどけ、
ようやく人間の心を取り戻して供述を始めているとされるオウム幹部たちのことを考えてい
ただければ、よく理解できるはずです。しかし、シュタイナーはこうした問題について、決して
楽観してはいませんでした。

【大予言33】それは人類にとって極めて悲惨な目覚めになることだろう。
と、シュタイナーは述べています。
さて、このような取り返しのつかないような状況にまでたっした後に、人類はどうなるの
でしょうか?ふたたび正しい筋道へと戻る機会は与えられるのでしょうか。それとも人類
は自らなした行為によって、そのまま消滅するしかないのでしょうか?
 残念ながら、ルドルフ・シュタイナーはこの先のことについては何も語ろうとはしませんでした。

この部の前半で紹介したとおり、シュタイナーは、将来人類は機械・優生学・衛生学に関する3
つの能力を開発するだろうという予測を立てていました。そして、そのことが国際間の強
調を生み出すきっかけとなるだろう、という明るい見通しを明らかにしました。ところが、
相する一方で、人類の未来に対して、シュタイナーはこのように非常に暗い予言を語っていたの
です。いったい、シュタイナーのこうした矛盾した態度を、私たちはどう受止め、理解したらよ
いのでしょうか?

526:、
08/05/28 21:09:21 TD/3JVYb0

 結論から先に言えば、未来の帰趨はあきまでも人間次第ということです。そのいみで、
人間の行為や思考は決してむなしいものではないし、意味のないものでもないのです。現
在の人間の思考や行為の中から、未来は生まれてくるのです。
したがって、
「人類が精神的にも道徳的にも進歩を続けながら、確実な基盤の上に立って3つの能力の
開発に力を注ぐ」
と言う前提に立つならば、人類は明るい未来を迎えることができるでしょう。しかし、そ
れとは反対に、もし人類が精神的に向上しないままで、現状のように、3つの能力を性急
に、しかも物質主義的な方向のままで「開発しようとするならば、遠からず破局が訪れる
ことになるでしょう。

第二部 堕天使アーリマンの受肉は目前に迫っている。
第一章 シュタイナーの「大予言」はなぜこれほど当たるのか。

関東大震災を警告した寺田寅彦博士

第二次世界大戦前に寺田寅彦という人物がいました。寺田寅彦は自然科学者としても有名
でしたが、文学者としても、かの文豪夏目漱石の弟子として広く知られていました。その
寺田博士が大正11年の1月に、「断水の日」と題したエッセーを朝日新聞に発表しました。博
士はそのエッセーの中で、東京と言う都市が、地震のような天災に対してはまったく備えがで
きていないことに、次のように警告を発しています。

『私の頭の奥のほうで、現代文明の生んだあらゆる施設の保存期間が経過した後に起こる
べき種々な困難がぼんやり意識されていた。これは昔天が落ちて来はしないか心配した 
木己国の人の取り越し苦労とは違って、あまりに明白すぎるほど明白な有限な未来にきた
るべき当然の事実である。たとえばやや大きな地震があった場合には年の水道やガスがだ
めになるというようなことは、初めから明らかにわかっているが、また不思議に皆がいつ
でも忘れている事実である」
                       (寺田寅彦随筆集第一巻)

527:,
08/05/28 21:11:20 TD/3JVYb0

寺田寅彦博士のこの不吉な予測が、はやくもその翌年には現実のものとなったのは、誰で
もよく知っている事実です。大正12年9月1日、帝都東京は関東大震災によって壊滅的
な打撃を被ったのです
それでは、なぜ寺田博士にとっては「やや大きな地震が」が、「明白すぎるほどに明白な有
限な未来に来るべき当然の事実」だと考えられたのでしょうか?
 それはまず第一に寺田博士が、大都市東京の構造上の弱点を、冷静な科学者の目で徹底
的に観察したからにほかなりません。『断水の日』を読むと、大正10年12月に東京でか
なり大きな地震が起こり、水道の溝渠が崩れる騒ぎがあったことがわかります。
そのとき、ほとんどの人は、水道が復旧するとともに、地震のことなどはすっかり忘れて
しまいました。
「のどもと過ぎれば暑さ忘れる」という諺どおりに、人々が地震をけろりと忘れる様子を、
寺田博士は「不思議」だと評しています。
しかし、優れた科学者である博士の目には、さまざまな不安要素が映りました。
断水の日に、寺田家では電気のスイッチが壊れました。また銀座では煉瓦が破損しました。
こうした事実から、寺田博士は次のように考えました。

『水道の断水とスイッチの故障との偶然な合致から、私はいろいろの日本でできる日用品につ
いて、平生から不満に思っていたことを一度に思い出させられるような心持になってきた
―中略―水道にせよ木煉瓦にせよ、つまりはそういう構造物の科学的研究がもう少し
根本的に行き届いていて、あらゆる可能な障害に対する予防や注意が明白にわかっていて、
そして材料の質やその構造の弱点などに関する段階的系統的の検定を経た上でなければ、
誰も容認しないことになっていたのならば、恐らくそれほどのことはないと思われる。』

しかし、それでは寺田博士は、こうした防災に関する意識や対策のみで、不安を克服でき
ると考えたのでしょうか?
もちろん、防災に対する意識や対策がなんの役に立たないなどと考えるべきではありませ
ん。全力を尽くしてそうした対策に取り組むべきであることは、ここでわざわざ強調する
までもありません。それは、先進国の中でも特に対策が遅れていると言われているわが国
では、特に強調されるべきことです。

528:,
08/05/28 21:14:11 TD/3JVYb0


政治家や役人は、なぜ都市計画を骨抜きにするのか?

しかし、はたして現代のあまりに巨大で複雑な大都市を、地震の様な大災害から守りきれ
るのでしょうか?
現代科学というものを、私たちはそこまで信用してよいものでしょうか?
百歩譲って信用するとしても、それでは平素から、
「科学的考え方以外に信用できるものはない」
と明言している政治家や行政官などの実務家たちは、これまで一体何をしてきたでしょう
か。彼らは科学者の警告に従って完全に科学的な対策を施してきた、と胸を張って言い切
れるのでしょうか?
信用できる一級の科学者である寺田博士が、
「これは昔天が落ちては来はしないか心配した木己の国のとりこし苦労とは違って、あま
りに明白すぎるほど明白な、有限の未来に来るべき当然の真実である」
と認定したことを重要視して、政治家や行政官が関東大震災後に本格的な都市再建と防災
対策に取り組んだでしょうか?
事実はその反対です。
彼らは関東大震災後に提出された本格的な再建案をよってたかって骨抜きにしてしまった
のです。
第二次世界大戦後の事情も、これとたいした違いはありません。
政治家や行政官・経営者などの自他共に実務家と認める人たちこそ、科学を軽視してきた
のです。「科学を信じる」ことだけしかモットーらしいモットーを持たない彼らこそ、実際には自ら
の信念を裏切っているのです。
寺田寅彦博士は「断水の日」を、次のような言葉でしめくくっています。


529:,
08/05/28 21:15:23 TD/3JVYb0


こんなことを考えていると我々の周囲の文明と言うものがだんだん心細く頼りないものに
思われてきた。なんだかコタツを抱いて氷の上に座っているような気持ちがする。そして
不平をいい人を責める前に我々自身がしっかりしなくてはいけないと言う気がしてきた。

断水はいつまで続くかわからないそうである。
どうしても「うちの井戸」を掘ることに決めるほかない。       』

現代文明に対する科学者寺田寅彦博士のこうした正直な危惧と不安は、まことに古くて新
しいといわねばなりません。科学的な問題意識だけではこの物質文明の先行きに確かな展
望をもてないことを、寺田博士は80年近くも前に予感していたのです。
その後、こうした現代文明に対する危惧や不安は少しでも軽滅したでしょうか?軽滅どこ
ろか、人類はその生存も危ういところまで来てしまったのです。
私たちの文明の危惧は、すでに回避不能なところまで来てしまったのでしょうか?先進国
では物質世界に閉じ込められた人々はとらえどころのない不安と悩みを抱えながら、何と
かして物質世界を超えて宇宙や見えない世界との意識のつながりを求めようとしています。
それは決してたやすいこととは思われませんが、人類の意識に大きな転換が起きているこ
とだけはたしたなようです。


530:,
08/05/28 21:27:20 TD/3JVYb0



「科学信仰」という名の迷信とは?

私はここで、
「予見などと言う非科学的なものを、私は信じない」
という意見を全面的に否定しようとしているわけではありません。ただし、私がここでそ
ういう人にたずねてみたいことは、
「あなたは科学を信じると言いますが、そういうあなたはどれほど科学を知りもせずに相
した信念のみに従っているのなら、それこそ科学信仰という名前の迷信なのではないでし
ょうか?」
ということです。
そもそも科学は認識の対象であっても、信仰の対象ではないはずです。
それなのに、現代には科学信仰というなの迷信が蔓延っています。
だれも気がつかないそうした事実を最初に指摘したのは、ルドルフ・シュタイナーです。
シュタイナーがまさに偉大な預言者のように、共産主義の崩壊とその年を正確に予言したことは
第一部で書いたとおりですが、そのとき以来現在に至るまで、マルクス主義者は自分たちのイデ
オロギーを「科学的」社会主義と呼んできました。こうした事実には、それこそ迷信と呼ぶべ
きいいかげんな科学信仰が見られるのです。そして、4分の3世紀前のシュタイナーの予言どお
り、共産主義社会はあきれるほどに非科学的であった実態をさらけだして、あっけなく崩
壊してしまったのです。
 ところで、私たちがよりどころとしている近代の分析的な知性は、必ずしも予言と言う
ような信仰的な行為と矛盾するとはかぎりません。むしろ、この二つを対面的にとらえて、
どちらか一方を絶対否定するような考え方にこそ問題があるのです。


531:,
08/05/28 21:29:18 TD/3JVYb0

 ルドルフ・シュタイナーが1920年前後に語った未来予測は、今世紀の歴史に照らし合わせてみ
ると、きわめて正確な見通しだったとわかりました。すなわち共産主義の崩壊(これは具
体的な年まで予告しました)・国家(政治国家)の衰退・医療の荒廃・性のモラルの乱れ・教
育の荒廃・ヨーロッパ列強に対する日本の抵抗と、日本のアジアへの裏切り=第二次世界大戦の
勃発・都市の破滅・産業資本主義の崩壊などです。
最後の二つについては、まだ都市が破滅したわけでも、産業主義が崩壊したわけでもない
ではないかと思われるかもしれませんが、第二次世界大戦ではヨーロッパや日本の主な大都市
はほとんどシュタイナーの予言どおりの壊滅しましたし、最近では地震によって神戸が崩壊しま
した。また、産業主義の未来については、すでに深刻な危機に陥っているというのが良心
的な専門家の間では常識となっており、その予兆は最近の金融界の混乱・エネルギー危機・自
然破壊および公害問題・貿易戦争などにも見られるのです。
産業主義のチャンピォンたる私たちのこの国が現在陥っている大不況も決して循環的・一過
性のものではなく、今度ばかりは抜け出すのはそう簡単なことではないということが、よ
うやく認識され始めています。もしかすると共産主義の崩壊は資本主義の崩壊の序曲に過
ぎなかったかもしれません。



人間の心に衝動を与える宇宙的な存在は実在する。

「物質的なものの現れのうちに、精神的な力の働きを見よ」
というのが、シュタイナーの教えなのです。
例えば共産主義を考える場合に、その理論やイデオロギーの妥当性、運動の階級性や党派性な
どを検討するだけでは、不十分なのです。その運動と思想を支えている精神的エネルギー、す
なわち衝動を洞察しなければならないのです。そして、その衝動が物質的なものに向けら
れているか、それとも精神的なものに向けられているかを見通さねばなりません。シュタイナー
はマルクス主義を信じた労働階級の人々がその要求の矛先を富の平等な分配に向けること
を深く理解していましたが、それらの人々の関心が富と言う物質的なものにばかり向かっ
ていくことに、強い懸念を抱いていました。

532:,
08/05/28 21:30:40 TD/3JVYb0

カール・マルクスは、
「精神的なものは物質的なものの上部構造に過ぎない」という考えの下に精神を軽視した
わけですから、その思想を辛抱するプロレタリア階級の運動がもっぱら物質的なものにだけ関心
を向けるのは、当然と言えば当然のことです、
「科学は物質的なものにのみを対象とする。したがって、同じく物質的なもののみを追求
する共産主義も科学的である」
というマルクス主義者の思想(迷信?)の背後に、物質的なものに向かう精神エネルギー、すなわ
ちアーリマンの存在をシュタイナーは見て取ったのです。こうしてみると、
「物質的なものの現れのうちに、精神的な力の働きを見る」
という態度のうちにこそ、20世紀の主要な出来事をまことに正確に予言したシュタイナーの秘
密が隠されていると言うことができるでしょう。



第5章 堕天使アーリマンは、西暦2千年代に地上に降りてくる。



科学的人間と精神的人間

大型フォークリフトが大きな騒音を立てながら、まるでカマキリのように盛んに首を上下に振っていま
す。ダンプカーが列をなして行進し、リフトのシャベルがほおりだす泥を、荷台で受止めています。
あたりは、思わず両手で耳をふさぐような騒音と、まともに目も開けていられないほどひ
どい埃です。



533:,
08/05/28 21:32:14 TD/3JVYb0

こうして干潟が埋め立てられたり、森林が伐採されている光景を目にして、心臓がちくち
くと痛むような、なんともいえない、嫌な気がしたことがある人も少なくない事でしょう。
 あるいは、コンクリートやアスファルトで塗り固められたビルの谷間の歩道を歩いていて、周囲を取り
巻く無機的なものに圧倒されて、なんともいえない疲労感を覚えた人も、決して少なくな
いでしょう。
「こんなに自然を破壊して、私たちはこの先無事に生きていけるのでしょうか?」たいて
いの人が一端はそう思って不安になります。しかし、すぐにその思いを打ち消すような、
内心の声が囁きます。
「しかたがないだろ。だって、こうしなければ大勢の人が失業してしまうんだ。そんなこ
とをいっているおまえだって、勤め先の会社がこの工事に加わっているじゃないか!そん
な弱きのことでどうするんだ!それとも失業していいのかい?さあ、さあ、いつまでもつ
まらないことを考えてくよくよしないで、さっさと出勤しなさい」
まるで心の中に2人の人間が棲んでいて、正反対の考えを吹き込もうとしているかのよう
です。前に掲げたシュタイナーの予言が思い出されます。個人は2つに分裂し、その二つが戦う
ようになるであろう」
と。

こうして具体的なドラマを思い描いてみると、シュタイナーのこの予言はますます不気味に感じら
れます。いまから80年も前に、シュタイナーは人間がここまで追い詰められることを、正確に
見抜いていたのです。
「二つに分裂した個人」とは、私たち人間の精神が2つに分裂する危機を意味しています。
そして、科学が進歩すればするほどこの危機は深まる、とシュタイナーは予測しています。
アーリマンだの宇宙だのと聞かされると、
「そんなの迷信さ。ばかばかしくて話にならないよ」
と感じる人が圧倒的に多いことでしょう。そういう人に限って、必ずこう言い添えるのです。
「こんなに科学の進んだ時代に、君はなんてばかばかしいことを考えているんだ!」
と。
私たちは、「信仰と科学」・「精神と科学」を対立するものと考え、その間を行ったりきたり
するようになったのです。

534:,
08/05/28 21:33:45 TD/3JVYb0

だからこそ、「個人は二つに分裂し、その二つが戦う」ようになると考えられるのです。一
人の人間の中に、「科学的人間」と「精神的人間」と言う二人の人間が棲みついてしまった
のです。
こうした変化の背後に、私たちの精神を眠らせ、孤立させ、分裂させ、狂気に導き、戦わ
せる目に見えない力の存在を、私たちは見ることも感じることもできないのです。
私たちには良心の声が聞こえます。しかし、その声に率直に従うことはできません。不安
が邪魔するのです。
そうした声に従う代わりに、私たちは数字や統計に従うのです。
なぜなら、そうすることが「世間の常識」だからであって、真実だからでありません。
私たちの人間の心を操るそうした目に見えない力こそ、アーリマンの力なのです。
アーリマンとは人間の観念が生み出した幻像や比喩などではありません。あるいは生命のない概念でもありません。
アーリマンとは具体的で、生々しい実在なのです。



【大予言43】アーリマンは、西暦2000年代に西洋に人間として現れるだろう。

【大予言43】アーリマンは、西暦2000年代に西洋に人間として現れるだろう。

紀元前3000年紀(紀元前2000年代)のはじめにルシファーが受肉したのとまったく同じ
様に、またゴルゴタの秘儀の時代(紀元後一世紀頃)にキリストが受肉したのとまったく同
じ様に、私たちが今の地球上に存在したしばらく後に、つまり3千年紀(西暦2000年
代)にアーリマン存在が西洋に受肉します。
                         (悪の秘儀 第3章)



535:,
08/05/28 21:35:21 TD/3JVYb0

ところで、目に見えない霊的な存在たちが「受肉する」とは、どんなことを言うのでしょ
うか。アーリマンの精神は受肉することはできませんが、人間の肉体に入り込むことはできます。
つまり、一時的に人間の魂に浸透し、人間の肉体を貫くことはできるのです。するとアー
リマン的な知性の見事な、光り輝くような、ぬきんでた精神は、個々の人間の中で働く場
合よりも強いものに、遥かに強いものになります。アーリマンの精神に貫かれたその人間は、そ
れまでに、つまりアーリマンに貫かれるまでに、非常に多くのことを学んでいるかもしれません。
この人の物質対つまり肉体が学んだ事柄によって完全にとらえられるならば、あるアーリマンの
精神が、しばらくの間、その人の肉体に入り込むことができるのです。そうなれば、その
人の目を通してみているのがアーリマンだということになります。つまり、その人の指を動かし
ているのがアーリマンです。その人となって鼻をかんでいるのがアーリマンです。

                           (GA237 160)

すなわちアーリマンは、この世に人間として誕生するのではないのです。
アーリマンの精神は、現に生きている人間の中にしばらくの間入り込むのです。たとえば、私た
ちが学校で習う歴史は、次のように教えています。
「アレクサンダー大王の遠征を通じてギリシアの文化とアジアの文化が出会い、一つに溶け合って、ヘレ
ニズム文化という新しい文化が誕生した」
まさにその通りです。
しかし、ここで説明されているのは出来事の外面に過ぎません。
したがって、私たちはここからの出来事の「結果」を知ることはできますが、「原因」を知
ることはできません。
私たちがこの出来事の「原因」を知ろうとすれば、アレキサンダー大王の心の内を探らな
ければならないのです。
つまり、この場合なら、アレキサンダー大王の「動機」とか「衝動」を知る必要があるのです。
そうした「動機」や「衝動」を含む目に見えない働きを、私たちは、「精神」として知って
います。
こうしたいわば人間の「内的な観点」から歴史を見るならば、同じ一つの出来事がまった
く違って見えることに気づくはずです。

536:,
08/05/28 21:38:54 TD/3JVYb0

さきほどの事例を再び取り上げるなら、
「アレクサンダー大王の中にある精神がやどり、ギリシア文化とアジア文化という異なる二つの文化を
一つにまとめよう、そして新しい文化を生み出そうと言う衝動が生じた。この精神は地上
に作用を及ぼすために、アレキサンダー大王と言う実力ある大人物を通じて、人間の関心をコスモポ
リタン的な方向に向かわせ、偉大なヘレニズム文化を創造した」
と、見ることができるのです




日本政治の謎

ここで、最近のこの国の出来事に目を転じてみましょう。
皆さんご承知のように、1970年代にT氏という一人の政治家が活躍しました。このT
氏の信念は、
「政治は数である」というものでした。
そう、数です。
前の章でも詳しく論じましたが、現代の特徴的傾向の一つは「数を好む」ことです。こう
した傾向は特に学問に強く現れていますが、学問に限らず現代生活すべての分野に見て取
ることができるものです。
T氏はこうした現代人の精神的傾向を政治に持ち込んだのです。
多くの人々がT氏を「天才的政治家」として称賛しているのは、あながち理由のないこと
ではありません。
なにしろT氏は、選挙民の心を見抜くことに掛けては、抜群の才能を発揮したのですから。
少なくとも次のように見ることはできるでしょう。
「T氏は、70年代の日本人が備えていたある精神的な傾向を体現する人物だった」、と。
 こうした内なる観点から政治的傾向を見つめてみると、面白いことに気づきます。
与党は常に「数」を頼み野党は常に「イデオロギー」を頼んだ、と言う事実です。

537:300 KB
08/05/28 21:40:49 TD/3JVYb0

「数」といい「イデオロギー」といい、それが現代人の精神内容を特徴付けるものであること
は、すでに本書を読み進んでこられたみなさんは、よくご存知のことでしょう。「数」の中
にも「イデオロギー」の中にも、理想主義や暖かい人間性は生きることができません。したが
って、「数」や「イデオロギー」を大切にする政治は、崇高な理念に従うことはできないのです。
「水と油のように決して溶け合わない自民党と社会党が、独立政権を作っているのはおか
しい」
と言う意見をよく耳にしますが、こうしてみると、それは外面的な浅い見方だということ
がわかります。両政党が水と油のように見えるのは、実は見かけだけのことなのです。本
質的には、両党とも「数」や「イデオロギー」に頼むという現代的な内的―精神的本質を持
っているのです。
 共産主義陣営の崩壊によって「イデオロギー」を頼む政治が終わりを告げると、この国の政
治が「数のゲーム」になってしまったことも、こうして「内なる観点」を持つことによっ
て、初めてその謎を解くことができるのです。



【大予言44】十字軍の中に堕天使アーリマンがいた!

私たちは「ヨーロッパ信仰の力が、かつてローマ人がカネを送り込んだ地域にどのようにオー
ラを送り込むか」と言うことを知っています。十字軍に従事した人たちは、ローマ人がもたら
した金と、持ち込まれたカネの結果として東洋に生み出されたものに出会いました。つま
り、一方ではローマの黄金と、他方では東洋のグノーシスに出会ったのです。私たちは十字軍が起


538:,
08/05/28 21:43:19 TD/3JVYb0

こったときのこのオーラを観察しなければなりません。それはまったく、」ヨーロッパ的信仰の力
のオーラでした。これが、十字軍と言う絵を構成する一つの色調です。そしてこの色調の中に
ーーその気になれば、ただ一つの色調として絵をかくこともできるはずですーー生まれつ
つある意識魂の時代の別の絵を置いて見ましょう。この絵を、どのようにしておくべきで
しょうか。私たちはここに、1108年生まれのベネツィア共和国の提督ダンドロを置けばよい
のです。ダンドロは昔コンスタンティノープルにいたとき、トルコ人に目を潰されたことがありました。こ
のダンドロこそ、アーリマンが受肉した人物です。そして、ダンドロは目が見えなかったにもかかわ
らずベネツィアの提督を務めました。このベネツィアが、いまお話したダンドロの精神の中に、アーリマン
の精神を入り込ませたのです。このダンドロ提督がコンスタンティノープルを征服して、最初の十字軍
の精神とその後の十字軍の精神の間の橋渡しをした瞬間は、世界史の上でもきわめて重要
なものでした。それはどのようなものだったのでしょうか。最初のうち十字軍に従事した
人たちは、取り残されている聖地や聖遺物が集められはしたものの、それはすべて資本を
形成するために利用されたのですー―。ベネツィアの影響を受けて、聖遺物はしだいに株券の
ように取り扱われるようになりました。聖遺物の価格はどんどん上がっていきました。資
本主義的なオーラが広がり初めました。このダンドロこそ、アーリマンの精神が受肉した人物なので
す!
               (GA181  355)

十字軍(1096~1270)は当初、宗教的な情熱の支えられて、イスラム教徒から聖地エルサ
レムを奪い返すために開始されました。しかし、回を重ねるごとに本来の宗教的意識はうす
らぎ、次第に指導者の政治的・経済的思惑に支配されるようになりました。


539:,
08/05/28 21:48:23 TD/3JVYb0

ここでシュタイナーが述べているコンスタンティノープル占領とは、悪名高い第4回十字軍(1202~1
204)のことです。
第4回十字軍を操っていたのは、ベネツィアの商人たちでした。そして、この十字軍は聖地回
復と言う本来の目的を捨てて、あろうことか同じキリスト教国であるビザンティン帝国の首都コンスタン
ティノープルを攻めたのです。ベネツィアは奪い取ったコンスタンティノープルにラテン帝国(1204~126
1)を建設し、ここを拠点として盛んに商業活動を始めました。十字軍の兵士たちは、各
地で略奪や暴行を繰り返すようになりました。もはや十字軍本来の宗教的な情熱はま
ったく失われ、あさましいまでの経済上の利益追求と人心の荒廃だけが目立つようになりました。

ベネツィア提督エンリコ・ダンドロは、第4回十字軍の立役者でした。ダンドロは聖なるものや精神的
なものへの畏怖の念など、かけらも持ち合わせていませんでした。そして、聖遺物を単な
る商品と見なしたのです。この男はまるで来るべき資本主義社会の精神を先取りしたよう
な人物でした。
シュタイナーは、この男ダンドロにアーリマンの精神がやどったのだと語りました。
アーリマンの精神は、ある人物の心の中に入り込むのです。そして、その人物の行動を通じて地
上の世界に影響を与えるのです。
ここに一人の人物が居ます。優秀な頭脳の持ち主で、知性主義的で物質主義的な思考方法
を身に付けていたとします。このような人物を、アーリマンは自分の目的を果たすのにおあつら
え向きの人間として注目するのです。そして機が熟したとみると、一定期間その人物の中
に入り込むのですこれがアーリマンの受肉です。
 アーリマンは胎児として母親の胎内に宿るのではありません。たとえばダンドロは生まれたとき
はごく普通の人間でした。しかし、後にトルコ人に目を潰されたとき、彼の心の中には暗
い怨念の炎が燃え上がったに違いありません。
「いつか必ずトルコ人に、東方世界に復習してやるぞ!」
と思ったに違いありません。


540:,
08/05/28 21:50:00 TD/3JVYb0

ダンドロは、次第に優れた政治経済に関する能力を身に付けていきました。
優秀な頭脳を持ち、しかも激しい憎しみの念を抱いているダンドロに、アーリマンは白羽の矢を立
てたのです。アーリマンは知性と悪意が結びつくのを好みます。知的なものによって、人と人が
争うのを見るのがすきなのです。
アーリマンは、こうして地上の世界に大変化を引き起こすのです。



【大予言45】地球の文化はすべて堕天使アーリマンの手に落ちるだろう。

再度、歴史を振り返ってみることにしましょう。こんどは中世だけでなく現代に目を移し
て見ましょう。
人類社会に巨大なダメージを与える存在というものは、いつでも登場したばかりの頃には
大衆の熱狂的な支持を受けるものです。

例えば、アドルフ・ヒトラー(1889~1945)がそのいい例です。
シュタイナーはアーリマンの登場について詳しく次のように語りましたが、わずか十年後にドイツにヒトラー
が登場した歴史的事実を、読者の皆さんはどうか意識をなさって読み進んでください。
さて、政権を獲得したばかりの頃のヒトラー人気は、すさまじいばかりのものでした。
その人気はドイツ国内にとどまらず、それを見たイギリスやフランスの政府までが、当初はヒトラーを指
示してきたのです。
こうした現象は、ヒトラーの場合に限らず、歴史上数多く見られます。


541:、
08/05/28 21:53:52 TD/3JVYb0

もし人間がアーリマンへと続く流れを正しい方法で理解し、洞察し、つい先日お話したような正
しい軌道へと向かうことがないならば、何が起こるでしょうか。そうなれば、アーリマンが特定
の時期に西欧世界に受肉するとすぐに、人類の文化はアーリマン化されることになります。アーリマ
ンは何をもたらすでしょうか。アーリマンは見事な技術を用いて霊視的な知識に関して、それま
では大変なくろうと努力と引き換えにすることによってのみ獲得することができたあらゆ
るものをもたらします。それがいかに計り知れないほど快適なものになるか、考えてみて
ください。人間は何もする必要がなくなるのです。人間は物質的に安心して生きることが
できるようになるでしょう。人間は戦争の破局(訳注 この講演は第一次世界大戦直後に
行われた)がやってきた後ですら、食べたり飲んだりすることができるようになるでしょ
う。そして、何らかの精神的な努力について、心を煩わせる必要もなくなるでしょう。アーリ
マン的な流れは、「美しく、善く」進行していくことでしょう。正しい時期にアーリマンが西欧世
界に受肉するならば、アーリマンは巨大な秘儀の学院を創設するでしょう。この秘儀の学院では
きわめて壮大な魔術が行なわれ、かつては苦労することによってのみ獲得できたものすべ
てが、人類の上に注ぎこまれることになるでしょう。私たちはここで、「地上に降りてくる
アーリマンが一種の悪魔のような姿をして、人間に対してできる限りの悪を働く」などと、俗物
的なことを考えてはいけません。そうではないのです。「私たちは精神科学について何も知
りたくない」という不正な人たちはみな、アーリマンの魔力に負けてしまうのです。というのも、
アーリマンは壮大な方法で、魔術によって非常に多くの人を例死者にすることができるからです。
アーリマンは個々の人間を恐ろしいほど霊視的にするでしょう。しかし、どのように霊視的にな
るかは、ここの人間でまったく異なっています。一人の人間の見るものは、2番目の人間

542:,
08/05/28 21:57:38 TD/3JVYb0
には、そして3番目の人間には見えないのです。人々は混乱し、霊視的な知恵の基礎を受
け取ったにもかかわらず、争いになったり、喧嘩したりするようになります。なぜなら、
様々な人間が見るものは、それぞれ極めてことなったものになるからです。しかしながら
最終的には、人々は自分の霊視能力にとても満足するようになるでしょう。というのも、
かれらはそれぞれレイシを覗き見ることができるようになるからです。しかし、その結果、
地球の文化はすべてアーリマンの手に落ちることになるでしょう。自分の力で身に付けなかった
ものをアーリマンから受け取ることで、人類はアーリマンの手に落ちるでしょう「今の状態にとどま
りなさい。君たちが望むなら、アーリマンは君たちを全員霊視的にするだろう。なぜなら、アーリマ
ンは大きな力を持つようになるのだから」というのは、人間に与えうる最も悪い助言になる
でしょう。その結果、地球上にアーリマンの王国が建設され、地球全体がアーリマン化されるでしょ
う。そして、それまで人間の文化によって築きあがられてきたものは、いわば崩壊してい
くことになには、そして3番目の人間には見えないのです。人々は混乱し、霊視的な知恵の基礎を受
け取ったにもかかわらず、争いになったり、喧嘩したりするようになります。なぜなら、
様々な人間が見るものは、それぞれ極めてことなったものになるからです。しかしながら
最終的には、人々は自分の霊視能力にとても満足するようになるでしょう。というのも、
かれらはそれぞれレイシを覗き見ることができるようになるからです。しかし、その結果、
地球の文化はすべてアーリマンの手に落ちることになるでしょう。自分の力で身に付けなかった
ものをアーリマンから受け取ることで、人類はアーリマンの手に落ちるでしょう「今の状態にとどま
りなさい。君たちが望むなら、アーリマンは君たちを全員霊視的にするだろう。なぜなら、アーリマ
ンは大きな力を持つようになるのだから」というのは、人間に与えうる最も悪い助言になる

543:,
08/05/28 21:58:34 TD/3JVYb0

でしょう。その結果、地球上にアーリマンの王国が建設され、地球全体がアーリマン化されるでしょ
う。そして、それまで人間の文化によって築きあがられてきたものは、いわば崩壊してい
くことになるでしょう。現代の人間が無意識的な傾向の中で欲しているよくないことが、
るでしょう。現代の人間が無意識的な傾向の中で欲しているよくないことが、
すべて実現されることでしょう。ここで問題となるのは次のような点です。つまり、霊視
的な種類の未来を再びアーリマンの手から取り去らなくてはならないのです。私たちはここで、
「本は1冊しかない。知恵は二つ存在しない。一冊の本だけが存在するのだ」と、言うこ
とができます。ここで問題となるのはその本を持つのはアーリマンなのか、それともキリストな
のかという点です。人類がそのために戦わないならば、キリストはその本を持つことはで
きません。そのために戦うことができるようになるためには、人類は「私たちはアーリマンが地
球上に現れる時点までに、自分自身の努力を通して精神科学の内容を獲得し終えていなく
てはならない」と、自らに向かっていう必要があります。これが、精神科学の果たすべき
宇宙的な仕事のないようです。精神科学の果たすべき宇宙的な仕事の本質は、「未来の学問
は、このままアーリマン的であり続けることはできないだろう」という点にあるのです。

                        (GA191     274)


544:,
08/05/28 22:00:00 TD/3JVYb0

再びヒトラーに話を戻しましょう
こうしてヒトラー人気は国の内外に急速に広まっていきました。ヒトラーの説くナチズムは「美しく、
善き」ものとして、熱狂的に受け入れられたのです。
 ヒトラーが「美」に執着したことは有名な話です。「美」に執着したこの独裁者は、絵画や古
美術の名品を世界中から掻き集めてコレクションしました。また、ヒトラーの元で開かれたベルリン・オリ
ンピックは、「美しい」ゲルマン民族の優越性を世界に見せ付けることを目的として開催されたの
です。シュタイナーはあるとき、シュトゥットガルト―一時期ここは人智学運動の本部がありましたー
ーの街頭に立ち、
「やがてこの都市も瓦礫の山となるだろう」
と、つぶやいたといわれています。
第二次世界大戦末期の連合軍の空爆によって、シュタイナーのこの予言はまさに現実のものとな
ったのです。
「自分の力で身に付けなかったものをアーリマンから受け取る」
というシュタイナーの言葉について、少し考えて見ましょう。
「あなたの潜在能力を開発する」といった触れ込みの講座が、いつも大流行です。いわく、
「頭がよくなる講座」「対人関係に強くなる講座」「人よりも早く本を読み、その内容を理
解するための講座」「積極的思考によって成功するための講座」など、数え上げればきりが
ありません。
たとえば理解力を身に付けるためには、本来私たちは何年も何十年も学習を続け、努力を
傾けなければならないわけですが、こうした講座では、それを短期的に、楽に身に付ける
ことができるというのです。なぜなら、そこでは誰かの手で開発された一定のプログラムにの
っとって能力開発が行われるからです。つまり能力を開発するのはその人ではなく、プログ
ラムなのです。
また、少し、前には、α波開発法というものがブームになりました。リラックスしている人間の脳
波を測定してみると、α波と呼ばれる波動が検出されます。。だから、人工的に人間の脳に
α波を発生させるようにすれば、ストレス解消にはなるし、集中力や記憶力も高まるというわ
けです。

545:,
08/05/28 22:01:58 TD/3JVYb0

 α波を開発したいと思う人は、ホッドフォンで特殊な音波を聴かせます。あるいは、点滅する
光を長時間見続けるように指示されます。たしかにその人の脳はα波を発し始めます。
つまり、自分の力ではリラックスできない人間を外側から機会の力でリラックスさせようというのです。
α波開発法のほかにも、CDやビデオなど様々な種類のリラクゼーション・グッズが売り出されてい
ます。またリラックスするための各種セラピーもあり、さらには薬物の類を用いてリラックスしようとす
る人も決して少なくありません。
現代人の多くは不安やストレスから自分を解放するために自分の思考方法を改めるのでなく、
現在の価値観にしがみついたままで、何らかの外的―機械的な方法でそれを実現しよう
としているのです。
これこそまさに、シュタイナーが予言した「秘儀の学院」ではないでしょうか。
アーリマンはこれからも、外側から物質主義的に人間の精神を変えていく方法を広めることでし
ょう。
こういう方法がさらに徹底されていくならば、もはや真に自由な人間は居なくなり、無図
からの精神のありようを機械や薬など外的・物質的なものに頼るほかない奴隷のような人
間が増え続けるのではないでしょうか。




【大予言46】人類の身に降りかかる困窮の中で、人々は非常に発明の才に恵まれるようになる。

アーリマンはある一人の人間となって、「地上の諸力の中から呼び出すことのできる力を洞察力
を用いてすべて利用するならば、人間はいかに途方もない洞察力を身に付けることができ
るか」ということを、人々に示すことでしょう。
                        (GA191 200~201)

546:,
08/05/28 22:03:14 TD/3JVYb0

シュタイナーがこう語った1919年から22年後に、世界は第二次大戦に突入しました。まさに、
「きわめて近い将来に人類のみに降りかかる困窮」
という予言の的中です。
それでは第二次世界大戦中に何がおきたでしょうか?
発明ラッシュです。ちょっと考えただけでも、原爆、細菌兵器、ロケットなどの発明が思い浮かび
ます。まさに、
「人々は非常な発明の才に恵まれ」
た、というわけです。
さらに、シュタイナーの予言に耳を傾けてみましょう。

【大予言47】世界の諸力や物質の中から、人間に栄養を与えるものがいくつも発見され
るだろう、、、しかし、人間は食べたり飲んだりすることで賢くなるが、精神的になること
はない。

、、、世界の諸力や物質の中から、人間に栄養を与えるものがいくつも発見されることでし
ょう。しかし、そうしたものが発見されるとき、人間は同時に「物質的なものがどのよう
に悟性の器官とー―精神の器官ではなく、悟性の器官とー―つながりあっているか」とい
うことを認識することでしょう。人々は、本当に賢くなるためには何を食べ、何を飲むべ
きかを学ぶようになるでしょう。人間は食べたり飲んだりすることで精神的になることは
できませんが、そのことによって非常に賢く、つまり洗練された方法で賢くなることはで
きるのです。
数年来、ドコサヘキサエン酸(DHA)のような物質を含んだ食物が、「頭のよくなる食品」とし
て注目を集めるようになりました。他にも健脳食とか頭脳開発食などと銘打たれた食品は
続々と売り出されています。こうした健康食品ブームはまさに、シュタイナーが今世紀初めに予
言したとおりの事態となっているのです。私たちは食べることを通じて、できるだけ賢く
なろうとしているのです。
前章でも別の角度から見たとおり、現代人の知性に対する欲求はそれほど強いのです。
しかし、ここでシュタイナーが指摘している「賢くなる」ということと、「精神的になる」という
ことは、どのようにちがうのでしょうか?
さらにシュタイナーの言葉に耳を傾けてみることにしましょう。

547:,
08/05/28 22:04:34 TD/3JVYb0



物質的な脳は、抽象的な思考を生み出す。

人間は実際、すべての素質としては精神的―魂的なものからなりたっています。この精神
的―魂的なものは、私たちが受胎し、誕生する前から生きています。精神的―魂的なもの
は、以前の地球上での受肉から次第に生じてきたものです。それは霊界を通過してきたの
です。そしてそれは、この地上で肉体を受け取ることによって、神経システム、骨格システム、
血液システムから成り立つ物質的な構造を作り出します。つまりここに「精神的―魂的人間」
と、その似姿である「物質的―肉体的人間」の二つが出来上がることになります。そして、
私たちが通常の抽象的思考をするとき、何が私たちの内部で考えているのでしょうか。そ
のとき考えているのは、精神的―魂的人間ではありません。私たちが抽象的に思考し、地
上的な論理を最も働かせるまさにそのとき、私たちの中では肉体的な脳が思考しています。
「脳が思考する」という唯物論者たちの主張は、抽象的な思考がなされる場合にはまった
く正しいのです。物質的な脳は、精神的な脳の摸造に過ぎません。そして、この摸造とし
ての物質的な脳が、抽象的思考という一つの構造を生み出すのです。私たちがこのことを
知っておくのは、とても重要なことです。ですから私たちは「抽象的に思考する場合には
脳が考える」と、いうことができるのです。
                        (GA197  124~125)



548:、
08/05/28 22:22:28 TD/3JVYb0


脳だけを働かせる場合には、私たち人間は地上的な論理の世界にのみ関わっているのです。
人間と自然あるいは自然の諸現象相互の関連や、人間と宇宙との繋がりなどは、抽象的な
論理でとらえることはできません。それは、私たちが精神や魂を働かせて思考するときに、
初めてとらえられるものなのです。したがって、食物によって脳を刺激しても抽象的すな
わち論理的な思考力(=悟性)は発達することがあるとしても、精神や魂はまったく発達
することはないのです。
 論理性ばかりが発達し精神や魂が発達しなければ、私たち人間は何をするか、何処へ行
くか解りません。
私たちの周辺で、毎日のように起きている忌まわしい出来事の数々、特に青少年が起こし
ている諸事件は、何を物語っているのでしょうか?
一日も早く相した社会問題の真の原因を理解し、これまでの生き方・考え方を改めなけれ
ばならないと、それらの事件は私たちに教えてくれているのではないでしょうか。

ルドルフ・シュタイナーの大予言――了



549:,
08/05/28 22:39:52 TD/3JVYb0

















,

550:,
08/05/28 22:42:17 TD/3JVYb0
>>464 の続き

ロマスとナイトがフリーメーソンリーに加入したのは、純然たる好奇心からだった。その儀式の起源を知り
たいと考えたのだ。一般に、フリーメーソンリーは中世のギルドに起源を持つと考えられている。シャル
トルやサン・ドニなどの建築家たちによる一種の組合だ。だがロマスとナイトは、その儀式を詳しく調
べていくうちに、フルーメーソンリーはそれよりはるかに古いものであり、イエスとその弟ヤコブの時代
のイェルサレム教会にまで遡るものである事を確信した。しかも、その伝承自体はさらに古く、
紀元前9600年の洪水にまで溯るというのである。

 ロマスとナイトが特に興味を引かれていたのは、スコットランドにおける最も注目すべき宗教建築―
―エディンバラ近郊のロスロリン礼拝堂だ。
 私は、1996年5月、エディンバラ滞在中にジョイとともにここをたずねた。それは15世紀半
ばのテンプル騎士、ウィリアム・セント=クレアによって建立されたおどろくべき建物で、キリスト教のものと
いうより異教のものに見える。壁も柱も、つたや花、果実の彫刻で埋め尽くされており、「グ
リーンマン」と呼ばれる異教の像が至るところにある。

 キリスト教の教会で、この怪物はいったい何をしているのか?神話においては、彼は春にお
ける植物の復活を表し、彼を中心とした異教の祭りが行われた。

 もう20年以上も前に書いた「ミステリーズ」(1978)という本で、私は、月の女神ディアナ
を崇拝する古代の宗教を論じた。それはキリスト教によって追放されたが、死に絶えたわけで
はない。すでに述べたように、マーガレット・マレイという奇矯な学者は、魔女術とは実際にはディ
アナ崇拝に基づく宗教だったと論じている。魔女裁判で言及される、悪魔が主宰する魔女の
サバトというのは実際には異教の豊穣祭であり、これを主宰していた祭司長は山羊の足と角
を持つ神パンに扮していたという

551:,
08/05/28 22:43:48 TD/3JVYb0

 キリスト教の教会で、この怪物はいったい何をしているのか?神話においては、彼は春にお
ける植物の復活を表し、彼を中心とした異教の祭りが行われた。

 もう20年以上も前に書いた「ミステリーズ」(1978)という本で、私は、月の女神ディアナ
を崇拝する古代の宗教を論じた。それはキリスト教によって追放されたが、死に絶えたわけで
はない。すでに述べたように、マーガレット・マレイという奇矯な学者は、魔女術とは実際にはディ
アナ崇拝に基づく宗教だったと論じている。魔女裁判で言及される、悪魔が主宰する魔女の
サバトというのは実際には異教の豊穣祭であり、これを主宰していた祭司長は山羊の足と角
を持つ神パンに扮していたという

コーンウォールへ帰る列車の中で、私はロスロリンの書店で買い求めたロバート・ロマスとクリストファー・ナイトによ
る「ヒラムの鍵」(1996 邦訳は封印のイエス 学研)を読んだ。ロスロリンを中心テーマとする本だ。
そして私は、ウィリアム・セント=クレアが何らかの興味深い―そして非キリスト教の―秘儀の守護者
なのではないかという疑いを強くしたのだ。

 現代のフリーメーソンは、彼等の奇妙な参入儀礼―首に引き縄、片足に上靴、もう一方の裾を
膝までまくりあげ、一連のわけのわからない質疑応答を受ける―は、純然たる創作だと
考える傾向がある。だがロマスとナイトは、これこそが秘密の暗号だと考えるに至った。

スレリンク(whis板:74-77番)
スレリンク(psycho板:370-377番)


552:,教会の虚偽を暴露する死海文書
08/05/28 22:46:22 TD/3JVYb0
URLリンク(ja.wikipedia.org) 死海文書


教会の虚偽を暴露する死海文書

当然ならが、教会は、このようなキリスト教発生の顛末を完全に否定し続けてきたし、それに
対する反論も存在しなかった―1947年までは。この年、死海の畔のクムランに近い洞窟で、
あるものが発見された。それは教会の屋台骨を揺さぶるものとなったのである。

 1947年の初頭のある日、ベドウィンの羊飼いの少年が、いなくなった山羊を探してクムラン
の断崖を歩いていた。そして下からは見えない洞窟を見つけたのだ。石を投げてみたとこ
ろ、何か陶器が割れたような音がする。そこで彼は崖をよじ登り、洞窟の床に降りた。そ
こには沢山の陶器の壺があり、それぞれ高さ2フィート(約60センチ)ほどだった。

 ひとつの壺には、ボロボロになった亜麻布で包まれた革の巻物があった。貧しいアラブ人
にとって、その壺は中身よりの価値あるものだった。いくつかの壺は持ち去られ、水入れ
にされた。巻物の一部は焚き付けにされた。そして一部はキリスト教徒の古物商のもとに届い
た。彼はそれを大司教に見せた最終的に巻物の一部はイェルサレムのドミニコ会が運営する考古学研
究所に届き、そこで贋作と鑑定された。だが翌年3月、ジョンズ・ホプキンズ大学のウィリアム・F・
オルブライドは、それが紀元前100年のものであると発表したのだった。


553:,
08/05/28 22:47:39 TD/3JVYb0

323 KB

 実際には、また、別の古代の巻物が、その2年前にエジプトのナグ・ハマディで発見されてい
るのだが、これについては後ほど述べる

クムランでさらに多くの死海文書が発見されると、それはイェルサレムのパレスティナ考古学研究所に
運び込まれた。俗にロックフェラー博物館と呼ばれるこの研究所は、ガチガチの保守派であるドミニコ
会士ローランド・ヴォの後見を受けていた。そして死海文書はまだ、学会からさほどの注目を集
めてはいなかった。というのも、それは既知の旧約聖書、たとえばイザヤ書などの古代の写
本に過ぎないとされていたからだ。だがド・ヴォがその真の重要性に気づくや、彼はこれを
隠蔽することが教会のためだということに気づいた。実際、死海文書はローマ・カトリッ
ク教会の土台が虚偽であることを明らかにするものでだったのである。

 だが1954年には、これらすべてのことが暴露される寸前となっていた。その首謀者は、
国際学者チームのイギリス代表である一匹狼の学者ジョン・M・アレグロ。まず第一に、純真なアレグロ
は、彼がともに仕事をしているチームのメンバーはまったく私心なき学者たちだと思い込んでい
た。つまり、この巻物にはイエスが神などではなく、単なるユダヤ人の反逆者だと書かれている
という事実を公開しても、誰一人とがめるものはいないだろうと。だが、やがて彼は気づ
くことになる―文書の公開が遅れに遅れていること自体が隠ぺい工作の一端であり、公
開済みのものは難解な内容のものに限られているという事実に。かくも彼は行動を決意し
た。




554:,
08/05/28 22:49:28 TD/3JVYb0

 学者たちの隠ぺい工作に気づいたのは、アレグロが最初ではない。アメリカの文芸評論家エドマン
ド・ウィルソンは、1955年に「ニューヨーカー」誌にこの文書をテーマとする記事を書いた。これが好評を
博し、彼は同じ主題で本を書くことにした。左翼で反カトリックだったウィルソンは、すぐに何
らかの陰謀に気づいた。何らかの引き延ばし工作が行われていることは明らかであり、ま
たロックフェラー博物館の学者チームと鋭く対立する学者たちも存在していた。たとえばソルボンヌ大学
のアンドレ・デュポン=ソメ教授は、その5年前に、死海文書の中で磔刑に処せられたと記されて
いる(義の教師)が極めてイエスに似ていることを指摘し、カトリック側から集中砲火を浴びていた。

 1956年、ジョン・アレグロはイギリス北部で、死海文書に関して3回ほどラジオで喋った。
そしてド・ヴォのチームにいる友人に対して、あまり神学に縛られないように、なぜなら「私
がそこで研究を終えるころには、君が属すべき教会はどこにもなくなっているだろうから」
と述べた。

彼の放送はイギリスではほとんど反響はなかったが、「ニューヨーク・タイムズ」に採り上げられ、初
期クムラン文書はキリスト教の起源がイエスよりも100年ほどまえにあると述べているようだ、と
書かれた。「タイム」誌もまた、「キリスト以前の磔刑」と題する記事でこれに続いた。今や、カトリッ
クの学者は守勢に立たされた。エドマンド・ウィルソンは無知な素人として一蹴することができたが
彼ら自身のチーム内にいる学者ははるかに厄介だった。

 彼等の次の一手は、アレグロを驚愕させた。彼を弾劾する公開書簡を「ザ・タイムズ」に連名
で載せ、(義の教師)とその磔刑に関する彼の主張を否定したのだ。死海文書にはそのよう
な内容は何処にも書かれていない、と彼らは断言した。彼らがわざわざこの騒動を公にし
たことは、アレグロにとっては意外だった。彼は死海文書を隠蔽しようとしていたのではなか
ったか?だが実際には、それは完全に抹殺する作戦の第一歩だったのである。なのに純真
な彼は、依然として自分が研究チームの一員であり、ドヴォや他のメンバーとも論争はす
るが、友好的な関係を続けている、と信じていたのだった。


555:,
08/05/28 22:54:13 TD/3JVYb0

もうひとつ、(銅の巻物)に関する微妙な問題があった。これは1952年にクムラン洞窟で発見
されたもので、文字が刻まれていた。2つの断片があり、いずれも巻き取られていたが、も
ろさのために開くこともできなかった。アレグロの友人であるマンテェスター大学のH・ライト=ベイカー教
授が、これを寸断して読めるようにする機械を工夫した。こうして、それは神殿から持ち
出された財宝の目録であることが判明した。

またしてもド・ヴォのチームは困惑した。エッセネ派は神殿を営むサドカイ派の敵であるとされていた
のに、この発見はそれを覆すものだ。国際チームはそれまで、エッセネ派というのは孤立した
カルトであり、たいした重要性は持たないと主張していた。だが明らかにそうではないことが
判明したのだが、ド・ヴォが(鋼の巻物)のことを秘密にしようとした理由はそれだけではない。
もしも隠された財宝のことが公になれば何千というベドウィンが手に手に鍬を持ってクムラン
に殺到するだろう。だからこれについては口外しないように言われたとき、アレグロは納得し
た―それに、遅かれ早かれそのこともまた明らかにされる日が来るだろう。そんなわけ
で、彼は当時執筆中であった死海文書についての本の中ですら、そのことに触れていない。
だが1956年5月、最終的な公式発表が行われた。財宝は虚構であり、いずれにしてもクムラ
ンとは関係ないというのだ。これを聞いて、アレグロは騙まし討ちされたと感じた。
 
もうひとつ、(銅の巻物)に関する微妙な問題があった。これは1952年にクムラン洞窟で発見
されたもので、文字が刻まれていた。2つの断片があり、いずれも巻き取られていたが、も
ろさのために開くこともできなかった。アレグロの友人であるマンテェスター大学のH・ライト=ベイカー教
授が、これを寸断して読めるようにする機械を工夫した。こうして、それは神殿から持ち
出された財宝の目録であることが判明した。


556:、
08/05/28 22:59:46 TD/3JVYb0

 アレグロがヨルダンを説得し、ロックフェラー博物館を国有化させたとき、彼の勝利は確定したかのよ
うに見えた―それは1966年末に実現した。だがその後、1967年に6日戦争が勃発、イェ
ルサレムはイスラエルの領土となった。そしてイスラエルは、教皇と事を構えることを望んではいなかっ
た。かくしてロックフェラー・チームは、その最高の収蔵品相手に時間つぶしを続行することを許可
された。

 そして驚くべきことに、アレグロはまんまと敵の術中にはまってしまったのだ。1970年、彼
は「聖なるキノコと十字架」という本を書いた。同書は文献学に基づいて、イエスは実在しなか
ったと論じていた。イエスとは、当時豊穣崇拝で用いられていた幻覚性キノコによって呼び起こ
された神格の象徴だったというのである。

 まさに荒唐無稽な説だ。特に、アレグロ専門であるエッセネ派の文書によれば、イエスの―
あるいは、少なくとも磔刑に処せられた(義の教師)の―実在には疑いの余地はない。
それに、こんな途方もない奇説を唱えたからといって、アレグロ自身が薬物を摂取したと非難
されるいわれはまったくない。そもそも彼は酒もタバコもやらないのだ。
 だがいずれにせよアレグロは自爆し、ロックフェラーチームに勝利を譲った。彼は学会での地位も一般
的な人気も取り戻すことはなかった。1988年、彼は53歳で急死した(宿敵ド・ヴォは1972
年に死んでいた)。もう二年ほど長生きしていたら、ド・ヴォ・チームの有力なメンバーである出
版部長ジョン・ストラグネルの自爆が見られたのに、と思うと残念だ。

 メンバーの多くがそうであったようにストラグルもまた強烈な反ユダヤ主義者だった。1990年
11月、イスラエルが死海文書出版プロジェクトの共同編集長として同国の学者エンマヌエル・トヴを指名す
ると、ストラグネルはインタヴューに答えて、ユダヤ教の事を「恐るべき邪教、、、、キリスト教の異端」と述
べた。さらに彼は、哀愁的な解決手段はユダヤ人全員がキリスト教に改宗する以外にない、と付
け加えた。彼の見解は全世界に伝えられ、数週間もしないうちに彼は解雇された。


557:本当にあった怖い名無し
08/05/29 02:19:36 6SQlDsk60
>>509
これは優生学といえる代物ではない。単純すぎるので詳しくは書かないけど、
もうすでに行われている。
悪人の魂が生まれて来ない世の中になる、天国の霊界の人しか生まれて来れなくなる
って言われていたけれどこんな単純なことだったのかw

しかし、世の中そんなに甘くない。


558:、
08/05/29 07:44:29 R3gDRYMv0


 死海文書へのアクセス権を巡る戦いが終結したのは、1991年9月のことだ。このとき、カリフォ
ルニアのハンティントン図書館は、死海文書の完全な写真一組を所有していることを宣言して、ロックフェ
ラー・チームを意気阻喪させた。それは1953年、ド・ヴォが支配を確立する以前に委託されたも
のだという。ド・ヴォ・チームはその返還を求めたが、黙殺された。そしてハンティントンは、それを
マイクロフィルム化し、わずか10ドルで研究者に提供する予定である旨を発表したのだ。そんなわ
けでついに死海文書は公にされた。



559:、
08/05/29 07:45:28 R3gDRYMv0

ロスロリン礼拝堂の真実、、、

ロマスとナイトによれば、元来のイェルサレム教会はエッセネ派を源とするものであったが、ティトゥスが神殿を
焼き払い、そこに残っていたエッセネ派を皆殺しにしたために壊滅した。だがその伝承は、さ
まざまな文書に生き残った。ロマスとナイトは、アレクサンドリアのクレメンスの書簡の存在を知った。彼は2
世紀の神学者で、秘密の福音書、それにイエス自身が行っていた秘密の儀式について語ってい
る。

 そういえば、マンダヤ教徒、つまりティトゥスによる大量虐殺の前にペルシアに逃れたナザレ派(すな
わちエッセネ派)は、洗礼者ヨハネを崇拝してイエスを反逆者と見なしていた。そして彼等の儀式
はフリーメーソンリーのそれにそっくりだった。彼等の儀式は、フリーメーソンリーがエッセネ派とそのイェルサレム教
会にまでさかのぼることができるというロマスとナイトの説をうらづけるように見える。

 言い換えれば、エッセネ派は秘儀参入の儀礼を行っていたのであり、そこには特別に許可さ
れた候補者しか参加が許されず、その式次第の中にはフリーメーソンリーと同様、儀礼的な死と再生
が含まれていた。

66年のユダヤ戦争開始直後、奇妙な出来事が起こった。この事件に関しては、歴史家もまだ
完全には理解していない。ウェスパシアヌスがパレスティナに派遣される前に、ケストゥス・ガルスというローマ
人が、強力な軍を率いて到着し、イェルサレムに向けて進軍した。彼らはほとんど無敵で、神殿
を包囲し、その城壁を破壊した。それから、突然考えを改め、撤退したのだ。


560:、
08/05/29 07:46:18 R3gDRYMv0

66年のユダヤ戦争開始直後、奇妙な出来事が起こった。この事件に関しては、歴史家もまだ
完全には理解していない。ウェスパシアヌスがパレスティナに派遣される前に、ケストゥス・ガルスというローマ
人が、強力な軍を率いて到着し、イェルサレムに向けて進軍した。彼らはほとんど無敵で、神殿
を包囲し、その城壁を破壊した。それから、突然考えを改め、撤退したのだ。

 あっけにとられたユダヤ人は、ヤハウェが助けてくれたのだと考えるしかなかった。エジプトか
ら脱出するイスラエル人を助けてくださったように、だ。彼らは退却するローマ人を襲い、6000人
を殺した。

 ローマはすぐに報復に出て、ウェスパシアヌスを派遣した。彼はユダヤ人の都や町を一度に一つずつ
破壊しながら進軍した。反逆者たちの根城を絶やすためだ。4年以上要したが、最終的には
ローマの勝利、ユダヤの敗北に終わった。

 ケストゥスがイェルサレムに進軍していたちょうどそのころ、エッセネ派がその聖文書の隠匿に動いてい
たことはほぼ確実だ。あまり重要でないものはばらばらにして壺にいれ、死海を見下ろす
洞窟に隠した。だが最も重要な文書は、神殿の地下に隠したのだ。ロマスとナイトによれば、こ
れらの文書こそテンプル騎士団の発見したものだという。

だが、ウィリアム・セント=クレアがロスロリンを建てたのは、イギリス最初のフリーメーソンが記録に登場するより2
世紀も前だ。にもかかわらず、セント=クレアがフリーメーソンだ、などということがありえるのだろう
か?


561:、
08/05/29 07:47:51 R3gDRYMv0
333 KB

 ロマスとナイトはロスロリンで多くの証拠を発見し、それを「ヒラムの鍵」や「第二のメシア」(1
997)などに発表したが、中でも最も説得力のある証拠はロスロリンの外の壁にあった彫刻だ。
そこに記されているのは、フリーメーソンリーの儀礼だ。参入者は目隠しをされ、首には縄がかけら
れている。その縄を手にしているのは、外套に十字を染め抜いたテンプル騎士だ。

 セント=クレアがテンプル騎士であり、そしてテンプル騎士はまたフリーメーソンであったことは間違えない。

 実際、ロマスとナイトによれば、ロスロリンの建立こそ、イギリスにおける最初のフリーメーソンリーの出現を示
すものだという。

 ロマスとナイトは、ロスロリンのセント=クレア家の歴史を調べている。(同家の始祖である)ギョーム・ド・
サン=クレールはノルマン人で、1066年の征服王ウィリアムと代々同じころに渡来したらしい彼はギョーム上
品王と呼ばれている。彼の息子がアンリ・ド・サン=クレールで、彼は1095年に第一回十字軍に従軍
し、ユーグ・ド・パイアンとともに戦い、彼とともにイェルサレムに入城した。ユーグはアンリの姪である
カトリーヌ・ド・サン=クレールと結婚した。つまり、セント=クレア家とテンプル騎士団の繋がりはきわめて強
いのだ。

 1307年にテンプル騎士団の艦隊がラ・ロシェルを出帆したとき、一部の騎士たちはスコットランドに向
かった。そこにはテンプル騎士団の最盛期である1140年に、キルウィングという修道院が作られて
いた。それはグラスゴーのすぐ南で、テンプル騎士団の中枢基地だった。当然ここは避難所とな
っただろう。特に、さほど遠くないロスロリンにはセント=クレア家がいたのだ。

562:、
08/05/29 07:49:07 R3gDRYMv0

 スコットランド王ロバート・ザ・ブルースは教皇から破門されたていたので、テンプル騎士団はスコットランド
では恐れるものは何一つなかった。「ヒラムの鍵」で提唱された主要な仮説の一つは、ロスロリン礼
拝堂がヘロデ神殿の複製として造られた、というものだ。(驚くべきことだが、ヘロデの神殿と
いうものは小教区の教会ほどの大きさしかなかったのだ。)その目的は、テンプル騎士団の最
も重要な「財宝」である貴重な文書を収蔵することである。彼等によれば、ロスロリンの未完成
の外壁は、単にその時点で工事が中断したかのように見えるが、実際にはそれはヘロデが再
建したソロモン神殿の未完成の壁を模したものなのだという。

 1447年、ロスロリン礼拝堂がまだ建造中だったころ、ロスロリン城の本丸で火災が発生した。ウィリ
アム・セント=クレアは狂乱した―だが城付司祭がすでに文書を入れた4つの巨大な櫃を避難させ
ていたことを知って、彼は一転安堵した。記録によれば、それを聞いて彼は「元気を取り
戻した」。ロマスとナイトによれば、「文書」を入れた4つの櫃を、本丸自体よりも重視するとい
うのは奇妙な話に聞こえる―ましてや、彼の妻や娘はまだその中にいたのである。だが、
もしもこの櫃の中に、ロスロリン礼拝堂に納めることになっている、イェルサレムからもってきた秘密
文書があったのだとすれば、彼の奇妙な優先順位もよく解ると言うものだ。

 これらのすべては、ウィリアム・セント=クレアがフリーメーソンであったこと、そしてエッセネ派とフリーメーソンリー
の間に直接の血の繋がりがあったことを明瞭に物語っている。

 そしてそれは、カトリック協会が常にフリーメーソンリーを敵視していた理由にもなる。エッセネ派は、ユダ
ヤの宗教権力に対する叛逆者だった。イエス自身、祭司たちとローマ権力に対する叛乱を率いよう
とした叛逆者だった。聖パウロは自分で勝手に新宗教を捏造した。バーナード・ショーの言う「十
字架教」だ。それは今なお、カトリック教会となって残っている。テンプル騎士団は真実を知
っていた―彼らはイエスが神の子であるという認識を否定した。それゆえに彼らは十字架に
唾をしたと告発され、死ぬまで拷問にかけられたのだ。そしてそれゆえにロスロリンはキリスト教の
教会ではなく、グリーンマンの図像が満ち充ちているのだ。


563:、
08/05/29 07:51:08 R3gDRYMv0

フリーメーソンリーの起源

だが大きな疑問が残っている。なぜロスロリンはソロモン神殿の複製なのか?なぜソロモン神殿はフリーメーソ
ンリーの中心なのか?そしてその建造者ヒラム・アビフは、フリーメーソンリーにとってかくも重要なのか?
その参入儀礼では、3人の職人によるヒラムの殺害が再演され、しかる後に参入者は再生する。

彼が再生するとき、特定の言葉が発音される。まるで戯言の様な言葉だ。(マアト・ネブ・
メン・アア・マアト・バア・アア)。

だがクリストファー・ナイトは偶然、「マアト」が古代エジプト語であることを知った。それは元来、神
殿の基礎のように「秩序ある左右対称の」という意味であり、その後、正義や真実を示す
言葉となった。つまりフリーメーソンリーにおいて極めて重要な役割を果たす概念だ。ナイトによれば、
あの「戯言」は実は古代エジプト語であり、その意味は「マアトの支配者は大いなるかな、
マアトの霊は大いなるかな」の意味だという。


564:、
08/05/29 08:12:33 R3gDRYMv0
 テュロス出身のヒラムは、単に神殿大工ではなく、工事全体を監督していた棟梁らしい。
そして彼は部下である3人の職人に襲われ、3発の打撃を受けて殺されるそれはどうやら、
彼が秘密の合図を出すのを拒んだためらしい。その合図があれば、彼らは実際よりも高い
階級(および高い賃金)を主張することができたのだ。とは言うものの、実にまったく疑
わしい話だ―高い階級の合図を知っていたところで、ちょっと仕事をさせてみれば、大
工の腕などすぐにばれるのではないか。ロマスとナイトは、ヒラム・アビフの物語には何らかの重要な
歴史的事実が隠されていると睨んだ。

 さらに、フィウリーメーソンリーの儀礼には、なぜあれほどまでに起源が古代エジプトであることを
ほのめかす象徴に満ちているのか?なぜ大ピラミッドは、フリーメーソンリーの中心的なシンボルの一
つなのか?現代アメリカの祖父たちは全員がフリーメーソンであったが、1ドル紙幣の中にピラミッド
のシンボルを置いたのは他ならぬ彼らである。

旧約聖書では、ユダヤ人とエジプト人は深い繋がりがある。そこでロマスとナイトは、その答
えは両者が登場する歴史的事件にあるに違いない、と考えた。そしてその事件は、ソロモンが
神殿を建てるよりもはるか以前に起こったのだろう、と。

 さて、「創世記」によれば、ユダヤ人の登場はヤコブが天使と格闘し、その名をイスラエルと改
めて以後だ。そして彼の12人の息子の名が、イスラエル12支族の名となった。後に見るように、
その年代は紀元前16世紀半ばごろと見られる。

ユダヤ人の歴史家ヨゼフスは、「牧人王」ヒクソスと旧約聖書のヘブル人を同一視している。ヒクソスは
実際にはセム人とアジア人の混成集団で、紀元前1750年ごろにエジプトにやってきた-―侵略者
ではなく旱魃を逃れてきた難民だったのである。彼らは紀元前1630年ごろに権力をつかみ、
108年にわたって支配したが、テーベ(現ルクソール)で始まった叛乱をきっかけに、追放の
浮き目にあう。現代の学者はヨセフスが完璧に正しかったとは考えていないが、ユダヤ人の祖先
の中にヒクソスが含まれていることにはほとんど疑いの余地がないようだ。ヒクソスの王はエジプト
北部(下エジプト)を納めていたが、テーベを支配していたのは伝統的なファラオ、セクエンエラだった。
そして彼の長男が叛乱の首謀者となる。


565:、
08/05/29 08:18:03 R3gDRYMv0

 ロマスとナイトは問う―ヒラム・アブフの物語に合致するエジプトのファラオはいるだろうか?
 事実、存在した―それも、たったひとり。それはセクエンエラその人だった。
 この当時のヒクソスの王は、アポフィスもしくはアポと呼ばれていた。クリストファー・ナイトは、「アポビの
打倒の書」と呼ばれるエジプトの祈祷書を思い出した。彼を倒すための呪文が満載された本
だ。さらに、ヒクソスの王は暴風神セトを崇拝することで人気を落としていた。ほとんどのエ
ジプト人はセトを悪神と見なしていた。

 ファラオが王座に就くとき、彼は自ら神に―特に、オリシスの息子ホルスになる儀式を行
う。そして彼が死ぬと、今度はオリシスになる。このとき、死体の口を手斧でこじ開ける「開
口の儀式」と呼ばれる重要な儀式が行われる。こうして王の魂は天上に昇り、神々と出会
い、そして神と民をとりなすという役割を負う。

 なぜアポピはこの秘密の儀式を知りたがったのか?2世紀を経てヒクソスはすっかり「エジプ
ト化」され、実際にこの儀式によってファラオが神になると信じるようになったからだ。彼らは
成り上がり者を自覚し、真にエジプト人になることを欲していた。そして当然ながら、フ
ァラオ・アポピは神になることを望んだ。(当然ながらこの段階では、ヒクソスはその後も1000
年にわたってエジプトを支配するつもりでいた。)

セクエンエラは、東部に打撃を受けて死んだ―そのことは、残されたミイラから判明してい
る。ロマスとナイトは、頭部に傷をおい、片目のないグロテスクなミイラ写真を挿入して
いる。彼を殺す動機が最も明らかなのは、ヒクソスのファラオ・アパピだ。
もしセクエンエラがヒラム・アビフの原型であるのなら、3人の殺人者が彼から聞き出そうとした秘
密は、新たに戴冠したファラオをホルスに変える儀式だったにちがいない。


566:、
08/05/29 08:19:50 R3gDRYMv0

ロマスとナイトのシナリオ―それはメーソンリーの儀式に基づくものだが―では、、セクエンエラ
に忍び寄った3人の男の名は、ジュベラ、ジュベロ、ジュベルムであり、その使命は彼から秘密の
儀式を聞き出すことにあった。だがかれは拒絶した。恐らく怒気を含んだ、侮辱的な言葉
を吐いたのだろう―王というものは、脅迫されることを好まないものだ―そこで悪党
どもは、与えられた使命を忘れて逆上し、3発の打撃で彼を殺してしまった(これはメーソンリ
ーの伝承の基盤でもある―彼らは、ヒラム・アビフを殺せと命じられていたのではなく、ただ
秘密を吐かせろといわれただけなのだ。)

ロマストナイトは、さらに魅力的な推測を付け加える―それはセクエンエラの年代に基づく
ものだ―アポピの「宰相」、つまり、セクエンエラに秘密の儀式を吐かせるという計画の黒幕は
ヨセフであるというのだ。ヤコブの息子にして、兄弟によって奴隷に売られたヨセフである。さ
らにまた、殺人者のうちの二人はヨセフの兄、シメオンとレヴィだったという。

第三の殺人者は、彼等によればセクエンエラの神殿の若き神官だった。彼は脅迫によってこの
陰謀に引きずり込まれた。つまりアポピはテーベを滅ぼそうとしている、これを防ぐには「神
を造る」儀式の秘密を明かすしかない、と脅されたのである。

ロマスとナイトは、この仮説を裏付ける驚くべき証拠を発見した。すでに述べたように、
ミイラ化したセクエンエラの頭部には激しい打撃の跡があり、その一つは彼の目を潰した。だがこの
ファラオの側に別のミイラが埋葬されており、その状態はエジプト学者を困惑させてきた。

その肉は墓所の乾燥した空気によってミイラ化しているものの、内臓には―通常とは異な
って―防腐処理が施されていないのだ。さらに彼は虚勢されており、顔に白状の表情が
浮かんでいる。明らかに生きる間に包帯に包まれ、窒息死したのだ。


567:、,ミジンコ
08/05/29 08:32:51 R3gDRYMv0



、、、、、、ヤコブの息子にして、兄弟によって奴隷に売られたヨセフ、、、、.

、、、、 スレリンク(sm板:183番) 、、、



183 :,:2008/04/09(水) 10:58:32 ID:PDeBlAWm

光系が力を失い、ヤミ系が立ち上がり、ローマが栄えるに至った、、、。

そして、黄金時代の幕開けにヤミ系が面白くないので渾身の悪意で

4・1プロジェクトを実行した、、、。


568:、,ミジンコ
08/05/29 08:48:25 R3gDRYMv0

、、、、、、、、、、、、、、、、、? 、、、、、、、、、、、、


これがファラオの殺害者の一人であることはほとんど間違えない。この恐ろしい死に様と、
セクエンエラの側に埋葬されたという事実からして、彼は「ヒクソス」ではなく、反逆罪に問われた
ファラオの側近であったと考えられる。ほかの二人の犯人―異邦人―は普通に処刑された。

 だがなぜ虚勢を?神ホルスが父オリシスと戦ったとき、ホルスは片目を失い、セトは睾丸を失っ
たからだ。だから叛逆の神官の処罰としては、この方法は奇妙だが理にかなっていた―
ことにセクエンエラは片目を失っていたのだ。
セクエンエラの息子カメスは、父の復讐の為に叛乱をあおり、これによってヒクソスはエジプトから
追放された。カメスはエジプトの新たな王朝の始祖となった。そして彼の戴冠の際に執り行われ
たオリシスの死と再生の儀式には、新しい意味が付け加わることとなった―セクエンエラの死と再
生だ(実際の神つくりの儀式が生き残ったかどうかは、当然ながら疑問がある)。

もしも、ロマスとナイトが正しく、ヨセフをエジプトの長官にしたファラオがアポピであるなら
ーー年代はそれを裏付けているが―

セクエンエラの殺害はさらに重大な意味を持つことになる。すでに述べたように、ヨセフの父ヤコブ
はイスラエルとなり、ユダヤの民の始祖となった。もしエジプトから追放されたヒクソスの中にヨセフとそ
の一族がいたとするなら、セクエンエラの殺害事件こそがユダヤ民族を作ったということになるの
だ。


569:,
08/05/29 08:54:27 R3gDRYMv0
やばいな、、、このはなし、、、、、マジ、、、、、、、、、?

570:、?
08/05/29 08:57:17 R3gDRYMv0

 とすれば、セクエンエラ殺害事件がユダヤ人によって極めて重視され、ソロモン神殿の建設者ヒラム・アビフの殺害へと形を変えたことの説明もつく。

 さてここまでの内容は、実を言えばロマスとナイトによるさらに大胆かつ想像力豊かな仮説を
一瞥するための準備段階に過ぎない。フリーメーソンリーの歴史の研究の過程で、彼らは仰天すべき
一連の発見を成し遂げた。ヒラム・アビフの正体がセクエンエラだというのは、その端緒に過ぎないと
いうのである。ヒラム・アビフの殺害とともに、エジプトの神話はユダヤの神話へと変容した。この
ことはつまり、フリーメーソンリーの伝統の一部は、その視と再生の儀式とともに、セクエンエラの時代か
ら続いているということを意味する。

 これは、ロマスとナイト」による預言者エノクへの言及によってさらに確かなものとなっている、
と私には思える。「ヒラムの鍵」では、彼に対して短い言及が3度なされるだけだが、その続
編である「第二のメシア」の終盤、フリーメーソンリーの(スコットランド儀礼)における第13階級儀礼
に関する記述がある。その儀礼で語られる内容は、「モーセとアブラハムの時代よりも遥か以前、
古のエノクは世界が洪水もしくは秘による黙示録的な災害によって滅びることを予見し、当時
の人間の少なくとも一部を保管しようと決意した。滅びを生き延びた人たちの未来の文明
に手渡すためである。そこで彼は、聖刻文字を使って、偉大な科学と建築術の秘密を、2
本の柱に書き付けた。一本は煉瓦、一本は石でできていた。」

「さらにメーソンリーの伝承によれば、その後、この柱はほとんど破壊されてしまうが、その一
部は洪水後も残り、後に発見される―一つはユダヤ人によって、もう一つはエジプト人に
よって、」つまり、この2人のメーソンリーによれば、フリーメーソンリーの起源は、―-すなわちその儀礼
において中心的な役割を果たす二本の柱は―エノクにまでさかのぼることができるのだ。


571:、
08/05/29 09:10:12 R3gDRYMv0

  567 

、、、、、エノク関係者か、、、、、、、?

  、、、、、いる、、、、?

、、、、、、、? 



572:,
08/05/29 09:12:29 R3gDRYMv0


 正直に言えば、初めて「ヒラムの鍵」を読んだ時、これもまたフリーメーソンリーの起源を古代に求
めようとするフィクション的な仮設の一つとしか思えなかった。だが、「第二のメシア」を読み終
えるころには、否定的な気持ちはなくなっていた。ロマスとナイトは、フリーメーソンリーのエジプト
起源について、そしてソロモン神殿からエッセネ派、テンプル騎士団へと伝えられた秘密について、説
得力ある証言をしているように感じられた。

 ロマスとナイトは、エノクと洪水に関する伝承を、フリーメーソンリーにとって中心的な意味を持つとして
強調している。そして彼等の3冊目の本「ウリエルの機械」(1999)では、エノクは事実上、
中心的な人物となる。すでに述べたように、ロマスとナイトは大洪水の原因を紀元前7640年の彗
星衝突に求め、古代人は「ウリエルの機械」を用いてこの衝突を予知した、という。同書には
金星に関する言及が32回もあるが、この星は「ユダヤ教、フリーメーソンリー、その他多くの古代の
伝承において、復活の象徴である」という。

 つまり、メーソンリーの伝承と、本書で述べてきた古代文明に関する仮説は、ここで一致する
のだ。


573:、
08/05/29 10:54:23 R3gDRYMv0

まとめ

フリーメーソンリーの系譜

>>451-455



574:本当にあった怖い名無し
08/05/29 21:29:45 G5Zxjz/V0
【5月29日 AFP】
サルの脳に電極をとりつけ思考するだけでロボットアームを操作させることに成功した
米ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)の研究チームの実験結果が
28日、英科学誌ネイチャー(Nature)に発表された。

575:本当にあった怖い名無し
08/05/30 07:54:05 eBdPBZMw0
ザテンポーオブフェイツッ!

576:、
08/06/01 07:45:09 MAZ+QOH70
,

577:、
08/06/01 09:01:07 MAZ+QOH70
スレリンク(seiji板)l50

578:、
08/06/03 19:57:04 CpitdXN70
,

579:、,ミジンコ
08/06/03 20:27:31 CpitdXN70
スレリンク(archeology板:91番)
スレリンク(archeology板:89番)          
 /// / /   ∧===二 ̄ l ヽヾ ハ
              /ムイ/ V   |l/ // //i /\\ ハ
            / / ll /   r//// / //  ヽ i  ハ
           /  / /l {    r‐/ ̄〃`` //,, __ リ  ハ
           ヽ / / l/    |   _-、 〃´   ` }   } \ 
            { /// /    l ゙^´  `   ==、 /  l
           /ri /  l    l l            シ|  |     
          ((~ゝ/⌒|    | |       ゝ   /´l  l
           ヽ二i=二l    l l     ー-   イ l  l
           / ̄  ハ    l :l \    ,...イ l l  |
          | ̄_ < (ヽ   l r- 、、`--r__   | |   |
          r= __    >ヽ   リi  !``ヽ、____\ l l   l
         / ̄ イ二 十=゙  ヽi≠= 、_i  i|! i)l l  l
        く彡イ/⌒ヽ 、} 《ハ   }i  ヽi、ヽ、__ ノハl  l、
       /ヘ/  }   l l 》ハ  ハ ^ヽ、~-=__ノil  | ヽ、
      ヽ__// /    ヽ ヽ 《ハ ハ\ >< ヽ-、\  l ハ
        l/⌒l     ヽ i 》ハ  ハ /    ヽ l─ヽ i   ∩
        / / l      | ! ∥ハ /      ヽ-' ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l_ ̄)
       ヽ| / {i      i |∥|/       へ ヽ_       丿二i
        //  》      |丿//   -<厂 厂(/--`___,.-´ ─{

580:、
08/06/04 18:03:57 N5nw50220
,

581:、,
08/06/06 05:29:31 2T4pT2gL0
,

582:本当にあった怖い名無し
08/06/06 14:35:01 qSloEhGy0
死亡した女性の眼球を遺族に無断で摘出し、
別の入院患者に移植したとして河南省鄭州市の医師である王林容疑者がこのほど警察に逮捕された。
6日付で大河網が伝えた。


ソラトのゴンディシャプールの知識
機械のコントロール(律動学)
生と誕生のコントロール(優生学)
臓器や寿命のコントロール(予防学)

中国では派手にやりはじめましたね
この国ではエリートたちの道徳的特性(永遠の自己の影響)が弱い

583:本当にあった怖い名無し
08/06/06 15:24:44 gOUWk1P50
あげ

584:本当にあった怖い名無し
08/06/08 22:06:03 Ns7406xq0
秋葉原にソラトが現れたようだ

585:、
08/06/09 09:36:27 VfYk4vfc0
スレリンク(uwasa板:859番)


586:、↑マズッタ
08/06/09 10:04:54 VfYk4vfc0
スレリンク(utu板:859番)

587:、
08/06/09 19:42:09 VfYk4vfc0
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588:、マグダラのマリアとイエス
08/06/09 19:44:29 VfYk4vfc0
マグダラのマリアとイエス

メロヴィング朝の王ダゴベール二世は651年に生まれ、幼いころに誘拐されてアイルランドに連
れて行かれた。そしてその間、簒奪者である宮宰が政権を欲しいままにしていた。だが彼
は、西ゴートのジゼル姫と結婚してフランスに―というかレンヌ=ル=シャトーに戻り、王位に返り咲
いた。

だが、679年、木の下で寝ているとき暗殺されてしまう。この暗殺にはローマ教会が何らかの
役割を果たしていたことは確実だが、恐らく彼の宮宰であるピピン肥満王もまた一枚噛んで
いた。

このピピンの孫が有名な戦士カール・マルテルで、彼はポワティエの戦いでムスリムを破り、フランスを奪回し、
ヨーロッパのイスラム化を食い止めた。彼の息子であるピピン短躯王はフランス王位を奪回し、ここにカロ
リング王朝が開始された。この王朝で最も有名なのが、彼の息子であるシャルルマーニュ大帝だ。ダゴ
ペールの子孫は、当然ながら王位を奪われたことを恨んでいた。そして彼らを再び王位に戻
そうとする運動が常に存在していた―イギリスのジャコバイトのようなものだ。

ジャコバイトと同様、それはまったく見込みのない運動だったのだ。だがメロヴィング朝の後裔の
中に、カール・マルテルやシャルルマーニュに匹敵する名声を得るものが現れる。ロレーヌ公ゴドフロワ・ド・ブイ
ヨン(1058-1100)。大一回十字軍を率いてイェルサレムを占領し―イェルサレム王国の初代国
王となった男だ。


589:、
08/06/09 19:45:26 VfYk4vfc0

彼がもう一つの王朝、すなわち(シオンの僧院)、別名「シオンのノーロル・ダム騎士団」の創設者(ま
たはそのひとり)であることは疑問の余地はない。そしてイェルサレム占領後まもなく、神殿の
丘にシオンの修道院が立てられた。そしてその住人たちは「シオンのノートル・ダム騎士団」と呼ばれ
ラ。(秘密文書)によれば、この結社は1090年、すなわちイェルサレム陥落の9年前に造られてい
た。そしてテンプル騎士団の設立メンバー9人のうち、5人がこの結社のメンバーだった。というこ
とは、テンプル騎士団はおそらくこの「シオンのノートル・ダム騎士団」を母体として生まれたのだろ
う。

リンカーンによれば、この二つの組織はまもなく分裂した。莫大な富と権力を得たテンプル騎士団
は、「わががまな子供のように」手に負えない存在となったのだ。そして1189年、テンプル騎
士団のジェラール・ド・リドフォールは騎士たちを率いてムスリムと衝突、イェルサレムを失う―永遠に、だ。

 どうやらこのとき、シオンのノートル・ダム騎士団は堪忍袋の緒を切り、テンプル騎士団と袂を分か
ったらしい。そして結社はその名を(シオンの僧院)と変えた。その主要な目的は、メロヴィング
朝の子孫をフランス王位につけることだ。テンプル騎士団は1307年に瓦解するが、「シオンの僧院」
はその後も存続する―その秘密を守りぬいた故だろう。

となれば、ルイ14世が財務長官のフーケを罷免し、ブッサンの絵を入手しようと躍起になった理由
も解ける。「王といえども彼から手に入れることは極めて困難」というのが(シオンの僧院)
の秘密のことなら、ルイがそれを恐れるのも当然だ。


590:、
08/06/09 19:51:43 VfYk4vfc0

彼の祖父であるガストン・ドルレアンはロレーヌ公の妹と結婚していたが、かつてそのガストンのために、
ガストンの兄であるルイ13世を除こうとする動きがあった。そうすれば、メロヴィング家の血が再
びフランス家の中に流れることになるからだ。

これは失敗に終わったが、ルイ13世には子供がなかったため、いずれにせよ弟のガストンが王
位を継ぐのは当然と見なされていた。そんなときに突然、ルイ13世に―というか、少な
くともその妻であるオーストリアの王女アンヌに―息子ができたのである。多くの人は、その子の
真の父は枢機卿リシュリューか、もしくは彼の雇った「種馬」であると考えていた。一説によれ
ば、この種馬はリシュリューの銃兵長フランソワ・ドージュで、つまりドージュは何とか王位に返り咲こう
とするメロヴィング家と(シオンの僧院)の計画を台無しにしてしまったことになる。

フランソワ・ドージュには2人の息子があった。名は」ルイとユスタージュ。多くの人が、この兄弟とルイ1
4世がそっくりだったと証言している。もしドージュの息子たちが王の腹違いの兄弟である
のなら、それも当然だ。

だがユスタージュはろくでなしで、常に問題を起こしていた。結局、ルイ・ドージュとユスターシュはとも
に逮捕される。ルイは不倫で、ユスターシュは素行悪さの為だった。だがルイは釈放され、その後も
出世した。ユスターシュは行方不明となった。もしかしたら彼こそが「鉄火面」なのかもしれな
い(それは実際にはヴェルヴェトの仮面だった。もしこの謎の囚人の正体がユシュターシュなら、その
仮面はたぶん彼が王にそっくりだったためだろう)。

彼の罪は、もしかしたら「兄を釈放してください、さもないと、、、、、」と王を脅迫したこと
だったのかもしれない。ルイ14世が非摘出子で、王位に就く権利などないとなれば、彼ら
にとってこの上ない朗報だ。


591:、
08/06/09 19:58:38 VfYk4vfc0

ちなみに、ハプスブルク家もまたロレーヌ家の一員であり、ゆえに(シオンの僧院)
に加入してた可能性が極めて高い。そういえば、ソニエールの客のひとりはヨハン・フォン・ハプスブルク
であり、ソニエールはオーストリアから大金を受け取っていたのだった。

ソニエールがその秘密の共有を願う人々と出会うきっかけは、サン・シュルピスだったようだ。そして
彼はダゴベールの古い本拠地の現在の番人として、重大な経済援助を供与されたらしい。

だがこの複雑かつ魅惑的な物語には、もう一つの驚くべき展開がある。
すでに見たように、リンカーンが元牧師から聞いた話によれば、「真の財宝」とはイエスが十字架で
は真ではいないと言う情報であり、その出所はサン・シュルピスだという。もしもサン・シュルピスが

(シオンの僧院)パリ本部であるのなら、ソニエールの秘密-―彼の死の床に臨席した司祭を震え上が
らせた秘密―というのも、イエスが十字架で死んではいないという情報だったのだろう。
この情報は、キリスト教会が砂上の楼閣に過ぎないことを明かすものだ。なぜならキリスト教とは、
イエスは全人類の原罪を贖うために十字架で死んだという教えに基づいているのだから。

テンプル騎士団の影」という番組に取り組んでいたとき、リンカーンは突如、驚くべきアイデアを思
いついた。彼と研究家リチャード・リー、マイケル・ベイジェントの3人で、メロヴィング家の祖であるメロー
ヴィスについて冗談を言い合っていたときだ。


592:、
08/06/09 20:03:26 VfYk4vfc0

伝説によればメローヴィスの母は「海の生物」とまじわって彼を生んだと言う。そこで3人の
誰かが、「海の生物だって、まサカナー」と駄洒落を言った。リンカーンとリーは思わず顔を見合わ
せた。魚―キリスト教のシンボルだ。あの伝説は、その女性を孕ませたのが、、、、キリスト教のシンボル、
つまりイエスの直系の子孫だと言っているのか?

メロヴィング朝の王は、教会の権威によってではなく、自らの血の神聖さ―聖なる血統の
権威によって統治している、と主張していた。彼らがそれほどまでに誇っていた血統と
は、イエスその人の血統なのだろうか?

もしそうなら、イエルの妻は誰だったのか?レ・サント・マリー・デ・ラ・メールの村では年に一度、
マグダラのマリアが真の十字架と聖杯を持ってフランスに漂着したことを記念する祭儀が行われ
ている。レンヌ=ル=シャトーの教会もまたマグダラのマリアに奉献され、十字架と聖杯を運ぶ2つのマリ
ア像が安置されている。ソニエールもまた「マグダラ塔」という書庫を建てていた。中世の神秘
家は、マグダラのマリアを金星―すなわち愛の女神―と同一視していた。

1945年12月、エジプトのナグ・ハマディ村近郊で興味深いものが発見された。それがマグダラ
のマリアについて新しい光を投げかけたのである。ある崖の麓の墓所で肥料を掘っていた2
人の農夫が、大きな丸石の下に一つの壺を見つけた。そこには、コブト語―ギリシア文字で
書かれた古代エジプト語―で書かれた多数の羊皮紙が入っていた。


593:、
08/06/09 20:04:38 VfYk4vfc0

これらはまったく知られていなかったキリスト教の福音書であり、新約聖書の福音書と同時
期のものであることが判明した。たとえば「フィリポによる福音書」「トマスによる福音書」、
そして―これが重要なのだが―「マリアによる福音書」だどだ。これは聖母マリアではな
く、マグダラのマリアである。ここではマリアはイエスの復活後に弟子たちを励まし、彼らの中で最
も重要な人物であったことが記されている。また「フィリポによる福音書」はマリアをイエスの「仲
間」と記しているが、元来のギリシア語ではその言葉は配偶者を意味している。

マグダラのマリアがイエスと結婚していたという説は、それほど突飛なものではない―ユダヤ教の
ラビや説教師は、結婚を許されていたばかりか奨励されていたのだ。

新約聖書では、マリアは悔い改めた娼婦で、その髪の毛でイエスの足を拭った。だがナグ・ハマディ
の福音書によれば、彼女はイエスと同様、王家の一つであるベニヤミンの末裔だ(イエスはいうまで
もなくダヴィデの末裔)。

だが、コンスタンティヌスの集めた司教たちによって新約聖書が結集されたとき、マリアをイエスの妻とす
る記述はすべて検閲され、彼女は単なる悔い改めた娼婦にされてしまった。そして「マリア」
「フィリポ」「トマス」その他の福音書は狩り集められて燃やされた。だが、密かにナグ・ハマディ福
音書を壺に入れ、これを隠匿した者が居た。

これらの福音書は、マリアはイエスと結婚していたことを示唆している。ダ・ヴィンチの「最後の晩
餐」では、彼女はイエスのすぐ右に座っている。この絵もまた検閲を受け、マリアは男性にされ
てしまった。だが1945年の洗浄作業によって、イエスの右にいる弟子は女性に見えるように
なった(いうまでもなく、ダヴィンチは(ドシエ・スクレ)の中で、(シオンの僧院)の総長の一人に
挙げられている)。


594:、
08/06/09 20:05:35 VfYk4vfc0

そして彼女を憎んでいた―とはっきりナグ・ハマディ福音書に書かれている―聖ペトロは、
脅迫するような仕草でその手を突き出している。さらに、肉体から離れた手がナイフを握り、
これもまた彼女を脅かしている。

以上のような事実から、リンカーンとリーは次のように推理する。

イエスとマグダラのマリアはフランスにやってきて、メロヴィング家の祖となった。マルセイユからレンヌ=ル=シャトーま
で、マグダラのマリアに関する伝承は何十もある。そしてブッサンの絵に描かれた墓は、もしかし
たらイエスの墓なのか?

この驚くべき推測―リンカーンは、それは完全な推測に過ぎないと述べている―によって、
「聖なる血脈と聖杯」はたちまちベストセラーとなった。


595:、ネンヌルシャトーの魔術的地形
08/06/09 20:06:53 VfYk4vfc0
大金持ちになったソニエール


ソニエールがピレネーの北、ラングドックにあるレンヌ=ル=シャトーに赴任して6年後の1891年、村の教会が改
修された。そのとき労務者の一人が、祭台を支える四角い西ゴート様式の柱の中に4つの
木の筒を発見した。その中には巻物が入っていた。そのうちの二枚は地元の一族の家計図
で、彼らの先祖がメロヴィング家であることを示していた。メロヴィング家というのは、5世紀から
8世紀までフランスを支配した―決して首尾よくではないが―王家である。後の二枚には、
ラテン語による新約聖書からの引用が、単語の間に空白を入れずに書き付けられていた。

これはどう見ても暗号に見えた。事実、二枚のうちの短いほうは非常に単純で、ヘンリー・リンカ
ーンはそれを一目見るなり、ジエラール・ド・セドというジャーナリストが書いた「呪われた財宝」(1
967)と言う本に載っていたものと同じだと見抜いた。

文字の一部が上にずれており、それだけを選んで続けて読むと、(A Dagobert Ⅱ roi 
a Sion est ce trsort et il est la mort)すなわち「この財宝はダゴベール二世と
シオンに属す、彼その地にて死す」と読めた。

シオンはイェルサレムのことで、最後の文字は「そは死なり」とも解釈できた。ダベゴールとは、7世
紀のメロヴィング王朝ノフランス王だ。この暗号を書いたのは多分ソニエールの前任者で、フランス革命のこ
ろにこの教会で司祭をしていたアントワーヌ・ビグーだろう。

ソニエールはこの暗号文を司祭に持っていった。これに魅了された司教は、ソニエールをパリに送りい
ろいろな学者に相談させた。そこで彼はサン・シュルピス教会へ行き、指導者であるビエイユ神父と
出会った。さらに彼は、ビエイユの姪で若い見習い司祭であるエミール・オフェにも紹介された。オフェ
は「オカルティスト」のサークルに所属していたが、980年代のパリではそういう団体が花盛りだった(そ
の一部は、J・K・ユイスマンが「悪魔主義」の小説「彼方」で描写している)。


596:、レンヌ=ル=シャトーの魔術的地形
08/06/09 20:12:20 VfYk4vfc0
>>349

オフェはソニエールを作家や芸術家のサークルに紹介した。そこにいたのは詩人のマラルメ、劇作家メーテルリンク、
作曲家ドビッシーだった。ソニエールはまた―恐らくはドビッシーを通じて―著名なソプラノ歌手エン
マ・カルヴェと出会い、彼女の恋人となった(ソニエールは禁欲など何処吹く風だった)。

ソニエールはパリを発つ前にルーブルを訪れ、三枚の複製画を買い求めた。うち3枚がニコラ・ブッサンの
(Les Bergers D`Arcadie (アルカディアの牧童))で、墓の前に立つ3人の牧童と1人の
女牧童が描かれている。その墓には(ET  in  Arcadia Ego)の文字があり、それは
通常「我もアルカディアに在り」と訳す(この絵のタイトルは「死に服従する幸福」だった)。

3週間後にレンヌ=ル=シャトーに戻ると、ソニエールは人を雇い、祭壇の前の床に据え付けられた石板―
―それはだいたいダゴベール2世の時代のもので、彼はレンヌ=ル=シャトーが殷賑を極めた街だった
はるかな昔にここに住んでいた―を剥がした。するとそこに、二つの骸骨と「二束三文
のメダリオンの壺」を見つけた。ソニエールは作業員を返らせ、その夜は一人教会で過ごした。

それからソニエールは、境内にある墓石の一つ―マリ・ド・ブランシュフォールと呼ばれる有名な女性の
墓―に奇妙な破壊行為を行う。その二つの銘を抹消してしまったのだ。

彼は知らなかったのだが、実はこの二つの銘はすでに地元の古物研究家が出版した小冊子
の中に収録されていたのだった。

そのひとつには(ET  in  Arcadia Ego)と、ラテン文字とギリシア文字の混合で書かれて
いた。もう一つのほうには変則的な表記の小文字があり、それは3つのeとひとつのpだ
った。また同様に変則的な4つの大文字T、M、R、Oがあった。


597:、
08/06/09 20:14:14 VfYk4vfc0

4つの小文字でつづることのできる単語はひとつ―(epee)すなわち「剣」であり、大文
字のほうは(MORT)、すなわち「死」しかない。そしてこの(epee)という語は、ソニエー
ルが柱の中から発見した第二の羊皮紙の暗号を解くキーワードであることが判明したのだった。

そして、なぜか突然、ソニエールは大金持ちになった。村に通ずる汚い小道に代わって公道を造
り、給水塔を建てた。それから自分自身のための庭付きの別宅を建て、蔵書を収納するゴシ
ック様式の塔を建てた。著名な人々が定期的にここを訪れた。エンマ・カルヴェやオーストリア皇帝フランツ=
ヨゼフの従兄弟である大公ヨハン・フォン・ハプスブルクなどだ。彼の客には、若い農夫の家政婦マリ・。
デナルノーがとびきりの食事とワインを振舞った。

彼はまた村の教会を建て直し、新たに装飾したが、それは悪趣味極まりないものだった―
―そのけばけばしい色彩は、ディズニーランドを思わせる。ドアの内側には、いきなり足の曲が
った悪魔がうずくまっている。これはおそらくソロモンの財宝の守護者とされるアスモデウスだ。そ
れから、キリストが人々を救っている絵の丘の麓に、わけのわからない金袋がある。

「疲れた者、荷物を負う者は、だれでも私のもとに来なさい、、、、」という言葉が引用され
ているが、その配置にも変則的な部分がある(accable)(重荷)と言う言葉の最初の二文字
が他の文字よりも小さく、薄い線によって直前の単語の最後の文字である(etes)のsに繋
がれているのだ。


598:、
08/06/10 20:52:44 R8ZAz9kS0

スレリンク(wildplus板:51-64番)

599:、
08/06/10 20:57:23 R8ZAz9kS0

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600:,無動機単独テロ(殺人予告でない)
08/06/10 22:14:32 R8ZAz9kS0
スレリンク(army板:100-101番)

601:、
08/06/11 19:27:43 JLXn9//B0
(^O^)ほ

602:本当にあった怖い名無し
08/06/13 01:36:20 UJWrGUIg0
アキバの通り魔はソラトじゃない
激怒ではなくたんたんとしてるから

603:,
08/06/13 08:47:21 TXKEdi2D0
>>597 続き


これは(SACCABLES)と読める」。つまり(sac a bles)―-トウモロコシの袋、に近い。トウモ
ロコシは、フランス語のスラングで黄金を表す。さらに引用文字の原文では(acccables)ではなく
(afflige苦悩した)と言う言葉が使われている。ソニエールはそれを変え、金袋を表す、地口に
なるようにしたのだ。

(十字架の道行きの留)もまた、わけのわからない異常さに満ちている。たとえば、ポンティ
ウス・ピラトに背を向け、金の卵を掲げている謎の人物。第二留で杖を拾い上げている若い男
はまったく意味不明だ。また、天に向かって楯を振り上げている兵士もしかり。

悪魔が半分腰掛けている玉座は、村人なら誰でも分かる近くにある「悪魔の肘掛け椅子」
と呼ばれる岩だ。この岩の側には

円の泉」と呼ばれる泉がある。悪魔は右手の親指と人差し指で円を作っているが、それは
泉の名前を強調しているかのようだ。

ソニエールは明らかに何らかのゲームをしている―あるいはわれわれに何かを告げようとして
いる。新しい教会を祝福しに来た司教はそれを見て仰天、困惑し、二度と来ることはなか
った。だが少なくとも彼は好戦的だった。次の新しい司教はあからさまに敵意を抱いてい
た。この金は何処から出たのか、と問いただしたが、ソニエールはそれを明かさなかった―さ
る裕福な告解者から寄付を受けたが、その人物は匿名を希望している、と述べるに留めた
―ので、司教は彼の更送を要求した。ソニエールは更送を拒否し、彼の教区は別の司教が担当
することとなった(実に奇妙なことに、件の司教がローマ教皇に訴えると、教皇はソニエールの見
方をしたのだ)。


604:,
08/06/13 08:53:35 TXKEdi2D0

1905年、フランス政府が―反教皇派だが―彼を悩ませ始めた。彼がオーストリアのスパイだという
のだ―彼の定期収入の一部は、どうやらオーストリアから入ってきていたらしい。
1917年、ソニエールは肝硬変で死んだ。65歳だった。彼の臨終を看取った司祭は、その最後の
告白を聞いて愕然とし、彼に終油の秘蹟を授けることを拒絶したと言う。

彼の家政婦はその後も件の別宅で暮らし、1953年に死んだ。彼女は1946年にこの別宅を
売却し、その買い手にあなたの富と力をもたらす秘密をいずれ明かしましょう、と約束し
た。だが彼女は卒中の発作に倒れ、口が利けなくなってしまった。

以上が、ヘンリー・リンカーンの読んだジェラール・ド・セドの驚くべき書物のないようだ。どうみても
多くの疑問が残る。ソニエールは財宝を見つけたのか?あるいは何らかの秘密を知り、その口止
め料をもらったのか?彼は強請だったのか、それとも厳重な秘密を共有する小集団の一員
だったのか?可能性はまだ他にもある―その財宝は、フィリップ端麗王の手に渡らぬように
隠匿されたテンプル騎士団の財宝だったのか?レンヌ=ル=シャトーからほど近いところに、ベズの城がある。
領主はテンプル騎士団の艦隊とともに脱出したセニュール・ド・ゴだ。

>>349
ダ・ヴィンチ・コード ... そこでラングドンは、ルーヴル美術館館長'''ジャック・ソニエール'''
の遺体が[[猟奇殺人]]にも似た[[ウィトルウィウス的人 ... ... する見解を聞きたいと協力を要請した。
しかし、実際はソニエールと会う約束をしていたラングドンを第一容疑者として疑 ...
9 キロバイト (237 words) - 2008年6月3日 (火) 12:08

シオン修道会 ... コード]]』で殺されたルーヴル美術館の館長ジャック・ソニエールの名はここから採られている。
</ref> が発見したもので ...


605:,絵の中に隠されていた五角星型
08/06/13 10:23:27 TXKEdi2D0


レンヌ=ル=シャトーの聖なる地形、、、リンカーンは、BBC調査部の協力によって、(シオンの僧院)の当時
の最有力メンバーがピエール・プランタールと言う人物であることを知った。「プランタール」と言う姓は、
確かにメロヴィング家に連なる高貴な家名だ。会合の席が設けられ、リンカーンはブランタールを招いて、
彼のレンヌ=ル=シャトーものの第二作「司祭と画家と悪魔」を見せた。

会ってみると、彼は親切で礼儀正しい老人―生まれは1920年―だった。そして彼の信
奉者の集団も現存していた。会合に同席した彼の腹心はフィリップ・ド・シュリゼという公爵らし
い。ド・シュリゼはルーヴルにある「秘密文書」の多くを手がけた人物だった。

リンカーンは彼らの後ろに座ってそれとなく観察していた。フィルムの中に例の羊皮紙が登場した。
リンカーンはそこに5角星型を発見していた。これを見た2人の表情がにわかに強張ったのを確
認して、リンカーンはしてやったりと思った。

リンカーンはまた、ブッサンの「アルカディアの牧童」の構成に奇妙な点を見つけた。ルイ14世を不安に
陥れたという「秘密」を探していた彼は、右の牧童の持つ杖が、その腕によって正確に2
等分されていることに気づいたのだ。そして杖の頂点から牧童の人差し指までの距離もま
た、正確にこの長さに一致していた。彼はさらに、同じ長さがこの絵のいたるところにち
りばめられているのに気づいた。この絵は、明らかに幾何学的に構成されていたのだ。

URLリンク(ja.wikipedia.org) ニコラ・ブッサン


606:,
08/06/13 10:35:21 TXKEdi2D0

スレリンク(archeology板:69-71番)
URLリンク(ja.wikipedia.org) 黄金比


リンカーンは王立美術大学のクリストファー・コーンフォード教授にこの絵を見せた。すると教授はさら
に魅力的な特徴を見出した。この絵の構造は「黄金分割」と呼ばれる(そしてギリシア文字φ
で表される)幾何学的比例に基づいているのだ。

一見したところ、この話は幾何学の教科書に載っている退屈な定義のように思われるかも
しれない。だが実際には、それだけで一冊の本がかけてしまうほど、圧倒的かつ深遠な意
味を持つ事実なのだ。

ごく簡単に言うと、それは一本の線分を2つに分割し、短いほうと長いほうの比を、長い
ほうと全体との比に等しくすると言う方法だ。

一見、電車の中で子供をおとなしくさせておくために買い与えたパズ
ルの本から取ってきた問題のようだが、これの何がそれほど重大なのか?

その理由はどういうわけか、自然が常にこれを用いるということにある。たとえばあなた
の身体。ちょうどヘソの位置がこの分割店に当たっている。葉序の螺旋にも、花の花弁にも、
茎の周囲の葉にも、松かさにも、ヒマワリの種にも、貝殻にも―星雲の腕にまで、これが見
られるのだ。


607:,
08/06/13 10:36:49 TXKEdi2D0

画家たちもまた、非常に古い時代からこれに気づいていた。というのも、画面をこれによ
って分割すると、非常に目に心地よいものになるのである―ちょうど音楽の和音が耳に
心地よいように。

なぜ自然はそれほどこれを好むのか?なぜならそれは無駄な空間を最小化する、充填に最
適の方法だからだ。明らかに、」この一見単純な比率には何か極めて重要なものがある。実
際にはそれは、0・618034、、、、と言う具合に果てしなく続いていく。

φのもう一つの形は、1・618だ。線分をφの分だけ延長するには、それを1・618倍す
ればよい。

レンヌ=ル=シャトーの謎に戻る前に、もうひとつ、数学の話題に触れねばらない。それは、数学者
フィボナッチが発明した数列だ。ここでは、各数はその前の二つの和となっている。だから0か
らはじめるなら、次の数字は明らかに1だ。そして0+1は1。1とその前の1の和は2。
2とその前の1の和は3.以下同様(0、1、1、2、3、5、8、13、21、35、
55、、、、)。

ここでもう一つの興味深い事実がある。フィボナッチ数列から任意の2つの数字を取り、前の数
を後ろの数で割るとその除はどんどん「黄金分割」0・618034に近づいていくのだ。
数が大きいほどそのようになる。たとえば、2を3で割ると0・666、、、。34を55で割
ると0・6181、、、、だ。元の数がそれほど大きくなっても―億や兆の桁になっても―
―その数は決して黄金分割そのものにはならない。


608:,
08/06/13 10:42:17 TXKEdi2D0
URLリンク(ja.wikipedia.org)  5角形

松毬やオウムガイの殻、そして渦状星雲に見られるのはこのフィボナッチ数だ。何故神がこの奇妙な
比率を選んだのかは、誰にも分からない。だが面白いことに、フィボナッチ螺旋は五角形から求
めることができるのである。それに内接する5角星型の一辺を、その「脚」の辺と直角に
置くと、短い線の終端からフィボナッチ螺旋を開始することができる。

まるで、5角星型もまた神のお気に入りであるようだ。

更にいうなら、ヘロトドスによれば(実はこの一説は写字生の誤りを正す必要があるのだが)、
黄金分割は大ピラミッドの各辺の区画にも見ることができる。

さてコーンフォードは「アルカディアの牧童」に関する研究結果をヘンリー・リンカーンに報告した。彼はまず、
古典画家たちが常に用いる2つの「システム」を探すことから始めた。その一つは数字のシステム
で、プラトンの「ティマイオス」(宇宙の創造についての対話篇)に基づいており、ルネッサンスのころに
流行した。だがもう一つは遥かに古いもので、黄金分割に基づく幾何学のシステムだ。

コーンフォードは、プッサンの絵にはティマイオスのシステムが見出されるだろう、と予想した。なぜなら当時、
黄金分割のシステムは極めて古臭いものと見なされていたからだ。実際、彼は予想通りそのシステ
ムの痕跡を発見した。だが、「アルカディアの牧童」に用いられていた主要なシステムは、黄金分割だ
ったのだ。さらに、この絵には五角形の幾何学が充ち満ちていた。


609:,
08/06/13 10:45:47 TXKEdi2D0

この5つの辺(例えば辺AB)と弦(例えば弦AC)の比は1:1・618、つまりφだ。

さらに詳細に調べていくうちに、コーンフォードは画面の外に延びる5角星型を見つけ出した。
つまり、プッサンの絵には5角星型が埋め込まれていたのだ。

そこでコーンフォードは興味深い推測をした。「プッサンが鍵を持つ、、、」のフレーズは、ソニエールが財宝を
探したレンヌ=ル=シャトーの地形に関係があるのではなかろうか?

これに触発されたリンカーンは、彼の最も重要な発見を成し遂げた。

レンヌ=ル=シャトー一帯の陸地測量地図を見ると、あることがただちに明らかとなった。その地方
の3つの重要地点―つまりレンヌ=ル=シャトー、ベズのテンプル騎士団の城、それにブランシュフォール城は、
きれいな3角形を描いていたのだ。そしてそのいずれもが山頂に当たっていた。リンカーンは地
図上にこの3点を頂点とする3角形を描き、その各辺を測定してみて驚愕した―それは
正確な2と右辺三角形だったのだ。すなわち2つの辺の長さがまったく等しかったのであ
る。ベズを頂点として、ブズからブランシュフォールへ引いた直線と、ブズからレンヌ=ル=シャトーへ引い
た直線は完全に等しい長さだった。


610:,
08/06/13 10:46:43 TXKEdi2D0


これは偶然ではありえない。はるかな昔、何者かがこの3つの頂上の測量を行い、これが
二等辺三角形を描いていることを確認した後に、これを秘密のパターンの一つとして選択した
ことは間違いない。

ここでリンカーンは、可能性としては遥かに低いが、もしもあと二つ頂点があれば、きれいな5
角星型が描けるのに、と思いついた。もちろん、ないものねだりに違いない、、、、。だが、
そうやって地図を見て見ると、実際にあと2つの頂上が、まさに正確な位置に存在したの
だ。東側はラ・スラン、西側はセール・ド・ロズ。そしてこれらを繋ぐと正確な5角星型が出現し
たのである。

これは極めて稀な自然の奇観だ。だが、驚きはそれだけではなかったのだ。リンカーンが地図の
中心を調べると、そこにもう一つの山頂、ラ・ピクが存在した。

確かに地図で見るとラ・ピクはど真ん中に見えるが、実際には中心から250ヤード(約22
9メートル)南にずれている。だが、それは想定の範囲内だ。結局のところ、これは人工の地
形ではないのだ。



611:,
08/06/14 11:36:37 SItdSb9/0
,

612:,レンヌ=ル=シャトーの聖なる地形、、、
08/06/15 18:19:30 fba+lKrc0
605-610 :,絵の中に隠されていた五角星型: → レンヌ=ル=シャトーの聖なる地形、、、

なのにラ・ピクが5角星形のこれほど中心に来るというのは十分驚くべきことだ。
これこそがレンヌ=ル=シャトーの基本的な秘密だ。つまりそれは聖なる地形の一部だった。だから
こそ、ダゴベールはレンヌ=ル=シャトーに都をさ定めたのだ(そして彼の息子シギスベルトは、父が殺さ
れた後、そこから逃亡したのだ)。メロヴィング家の聖なる血は、魔術的地形と関連していたの
である。

私も、リンカーンの『聖なるパターンへの鍵』(1997)を読むまでは懐疑的だったが、これ
こそ天然の「魔術的地形」だと気づいたリンカーンも同意見だ。だが奇妙なことに、プランタール氏はリンカ
ーンの推察に同意しなかった。リンカーンがソニエールの暗号文書に5角形の幾何学を発見したとき、
彼とシュリゼが驚愕したのは確かなのに、プランタールは黙して語らなかった。

逆に、ここに書かれた秘密の暗号についてリンカーンがたずねたところ、プランタールは信じられな
いことを述べたのである。つまり、それはシュリゼによる「捏造」だと。いったい何のために?
何年か前に作られた10分のTV番組のためだという。

当然ながら、リンカーンはその話を鵜呑みにはしなかった。この暗号の信じがたいほどの複雑さ
を見る限り、その作成には長い時間と高度な作成技術が必要であることは一目瞭然。

では、なぜプランタールは話をごまかそうとしたのか?というのも、プランタールの―そして(シオン
の僧院)の元来の目的は、この謎に衆目を集めることにあったのはほとんど間違いない。
その目的とは、恐らく、フランスが共和制に飽きたとき、メロヴィング家の子孫をしかるべき地位

に就ける事にあったのだろう。ド・セドはかつてリンカーンにこう言った。「われわれはあなたの
ような人物の注意を惹こうと考えたのです」。いまや、リンカーンはすでにこの話に食いつき、
5角形の幾何学まで発見したというのに、プランタールはなにかちょっとやりすぎたように感じ、
引き返そうとしているように見える。



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