09/01/17 10:38:12 0
車いすのハンディキャップがありながら昨季、サッカーの四国リーグ、カマタマーレ讃岐で監督としてのキャリアをスタートさせた羽中田昌さん(韮崎高出身)。
チームをリーグ優勝に導いたものの、全国地域リーグ決勝大会1次ラウンドで敗退し、悲願のJFL昇格はならなかった。「昇格できなければ監督を続けられない」。
退路を断って迎える勝負の2年目を前に、意気込みを聞いた。
-昨季を振り返って。あと少しのところでJFL昇格に届かなかった。
「リーグ戦は13勝1分けで優勝できたけど、正直、苦しかった。リーグ戦だから1度や2度、負けても大丈夫なんだろうけど、
(ライバルのヴォルティス・2ndの追撃があり)一つでも落としたら終わり。常にトーナメントのような戦いを続けなくてはいけない、そんな怖さがあった」
-監督として車いすのハンディは感じなかったか。
「こちらが思っていることが伝わらないときもあったけど、伝わらないなりにやらせた。求めているものとは違うけど、選手が表現してくれたことの方がよかったり。
そんなことがたくさんあった。選手に考えさせる。それはぼくの監督としての武器ですね」
-選手と接する中で感じたことは。
「サッカーだけで生活していけるのは7選手で、ほかの20人はアルバイトしながら。それでもこっちが休んでいいよって言いたいくらい、休まなかった。
自分たちにはもう後がないという思いで戦ってくれた」
(続く)以下は>>2-5あたり