09/10/12 21:18:28 m+ME2gSz
喪服姿の侍従がお嬢様の部屋へ入ってきた。
お嬢様も喪服姿である。部屋には白檀の香りが僅かにしていた。
侍従A「ただいま戻りました」
お嬢様「茶を淹れましょう」
侍従A「ありがとうございます」
お嬢様のお茶を戴けるのは極僅かな者だけであった。
彼はその名誉を受けた数少ない者であった。
侍従Aは頭を下げると、応接に座った。
静かに時が流れる。
緑茶のふわりとした香りが部屋に満ちてきた。
お嬢様「貴方も座りなさい」
侍従B「ありがとうございます」
ありがたい事に自分も戴く事ができた。
お嬢様「二代続けて知命で逝くとは思わなかったわ…」
侍従A「下のお子様はまだ高校生でした、上のお子様もまだ25歳とお若く、非常に悲しい葬儀でした」
お嬢様「そう…遺志を継ぐにはまだ若いわね」
侍従B「遺志を継ぐのが血族だけとは限りません」
思わず言葉が出てしまった。
侍従A「そうです、遺志を継ぐのに、血は条件とはなりません」
沈んでいたお嬢様が鮮やか笑った。それは久しぶりに見る笑顔でもあった。
お嬢様「その通りよ、『屍を越えて』行くのに、血は重要ではないわ、重要なのは意思よ」
その言葉は、鮮やかに心に染み込んだ。
数名の侍従とメイドが、『その日』を境に別の戦場へと身を捧げた…
多くの家人が、遺志を胸に抱き、歩むべき道を変えた…
お嬢様の夕食を運んできたメイドの顔色が非常に宜しく無かった。
まぁ、このメイドだけではなく、メイドのほとんどの顔色が悪い。だが、一番顔色が悪いのはお嬢様だ。
お嬢様「執事の顔をまったく見ないわね、彼の仕事ぷりはどうなの?」
お嬢様の言葉は普段と変わらないが、言葉に含まれた毒はかなりきつい。
メイド「は、はい。ちゃんと仕事をしているようです」
お嬢様「そうなの?その割には、ロワー・ファイブの仕事が止まっているようですけど?」
さりげないが、かなり厳しい言葉だ。
メイド「大丈夫です、ちゃんと考えてから、仕事を割り振って頂けるようです」
お嬢様「そう? ちゃんと間に合うのかしら?」
メイド「間に合わなければ、年末を越えられませんし、年始を迎えられません、大丈夫なはずです」
お嬢様「はず、ねぇ。私としては、ちゃんとしてくれるのであれば、特に何も言わないけれど、ダメなら…ねぇ」
メイド「大丈夫です、それに、ダメならまたアパー・テンを変えるだけです!!!」
叫んだ言葉に驚いたように口に手をやるメイド。それが本音であろう。
お嬢様「間に合えば良いわね…」
メイドは夕食をディスクに置くと、大慌てで退室していった。
侍従C「お嬢様、意地悪を言うのはホドホドにしてあげてください」
お嬢様「あら?意地悪は言ってないわよ、衣食住に私が満足できるのであれば、特に何も起きないわよ」
侍従C「アパー・テンはともかく、我々が居ます、最低限の衣食住は確保致します」
お嬢様「そうしてもらいたいわね」
お嬢様の顔色はどんどん悪くなっている。
衣食住に問題が発生しているのは、間違いない。
アパー・テンの采配に問題があるからこそ、お嬢様の体調が悪化している。
本格的に寝込まれる前に、何とかしたい。それは切実な願い。
お嬢様「私が寝込んだら、執事は腹を切るのかしら?それとも侍従やメイドに責任を押し付けるのかしら?」
お嬢様が謡うように言う。
それを答える事は、侍従である自分にはできなかった。
新しく就任したアパー・テン全ての腹を切らせるのが、我ら侍従やメイドが目指す決着ではあるが、その前に家人全てに知らしめないと同じ事を繰り返す。
アパー・テンを選ぶ事は、人気投票ではない、その事をきちんと知らしめないとならないのだ。
その前にどれだけの侍従やメイドが辞職し、消えていくのか。
それは誰にも判らない…