10/05/02 22:33:15 jXhHTnDJ
>>559
何度読んでも その君の論点の中心におかれている
「既視感」が良く分からないよ。
>この映画は、宣伝とかされずに予備知識無しの真っ白な状態で見たとしても
メキシコ部分と、白い部屋がどこかで何かしら繋がるんじゃないかといことは
見ている人全員が予感することだろう。
もっというとメキシコ部分は普通の話なんだから、白い部屋何でもアリな不条理な不思議な
世界の方に、メキシコ部分と繋がることで、この部屋は何かということに答えを出す
・・・・ここまでは分かる。
>そしてエスカルゴマンとリンクして上にのぼっていくときに、なるほど。と思った。
例えば、横断歩道を歩くときに白線だけを踏んで歩くなんて誰だってあることだろう。
・・・と来て・・。
>そのとき、何か願をかけたり、あるいは「この白線を踏むたびに世界のどこかで誰かが死んでる」みたいなことを
発想するというのも、よくある話だ。思春期ぐらいのときに似たようなことはするんじゃないか?
この部屋は、こういう感覚がもし本当だったら
というifの世界、そういう意味の部屋だとわかり、俺はデジャヴの陶酔感のようなもの感じた。
・・・・・ん?
「白線を踏む」事まではまあアルアルだが
「そのたびに誰かがこの瞬間に死んでいるだろう?」と思うというのは
ジャンプしすぎてないか?
まあそう思う人がいてもいいが、それは相当説明をしないと共有できない
かなり特殊な感情だと思うな。
前提が共有できていない以上、それを映画としてあまりきちんと説明せずに提示されても
陶酔感を感じずに、「へぇ・・・それで?」と思ってしまうんだよなぁ。