09/06/14 02:01:49 cAxsYlpl
>>755
>そこに気づいたのが鷲津であり、気づかないまま死んでいったのが劉。
>この差は大きいよ。
こういう見当違いのやつもいるんだね。全く逆だろ。
ハゲタカの主題は「再生」。
子供の頃からの憧憬の念を抱いていたアカマ自動車を自らの経営案で「再生」させようと考えていた劉。
ものづくり立国へと日本経済の「再生」を目指す芝野。
誰かになるために人生の「再生」を切望した派遣工守山。
それぞれの「再生」への価値観が対立しながらストーリーは展開していく。
しかし鷲津だけは、ドラマ版とは違って、「再生」への志は一切ない。
自分を追い出した日本社会を恨み、絶望し、アカマ自動車のホワイトナイトもファンドマネージャーとしての存在感を誇示するために引き受けただけ。
ドラマ版では西野治に対して「それで会社経営ができますか」と詰問した。
しかし映画版では、古谷社長の「おまえが経営者だったらどうしたんだ?」と言う問いに対して、「俺は経営者ではない。ファンドマネージャーだ。」と言い放ち、単なる傍観者としてアカマ自動車の経営には一切興味を示さない。
大友監督がなぜ映画版で、こうした鷲津の描き方をしたのかが分からない。
強引なストーリー展開もあるが映画版での最大の失敗は、この鷲津の描き方でしょう。