09/07/21 20:37:11 uLhIom/h
それ言うなら高橋助教と山中教授が在籍した奈良先端科学技術大の功績の方が大きいわな。
米国では「万能細胞が今の医療を一変させるかもしれない」と騒がれ始めていた。
日本に戻り、この研究に打ち込もうと試みるが、実績も後ろ盾もない山中氏に研究職はなかった。
あきらめて医師に戻ろうとした99年、奈良先端大から声が掛かった。
「学生と一緒に頑張りたい、と熱意にあふれていた点を評価した」(河野憲二バイオサイエンス研究科長)。
研究室の運営を任せ、高価な実験機器も使い放題に。居場所を見つけた山中氏は今の研究の礎を築いた。
今では山中教授の右腕といわれる高橋和利・京大産学官連携助教との出会いもこの場所だった。
新型万能細胞を作るには、細胞中にある24種類の遺伝子を実験を通して一つひとつ組み合わせながら、
その働きを探る作業が欠かせない。
同志社大の工学部出身で「バイオ研究は奈良先端大に入学してから始めた素人」と謙遜(けんそん)する
高橋氏の忍耐力と鋭い勘による実験が、ライバルの米国チームを出し抜いた。
医師から転身した山中氏が工学部出身の高橋氏を指導しながら未知の研究に挑む。
「最初からこの分野の専門家だったら、とても無理だとあきらめてしまっただろう」。
山中氏を迎え入れた河野氏は振り返る。