09/05/22 18:58:02
私は1人で声に出してしまった。「ひどい! 最悪の設計だ」
軍艦や商船のマニア向け雑誌「世界の艦船」の表紙を見た時のこと。米海軍の
最新鋭の3000トンの沿海域戦闘艦が全力で航走している写真が載っている。
ひどいのはこの最新鋭の軍艦の作っている波だ。
船の波は主に一番先端の船首と一番後ろの船尾から出る。この船の作る波がひどい
のだ。船首からの波も悪いのだが、船尾からの波は許しがたいくらいだ。船は波を
作るが、その波を発生させるために馬力が要る。波を発生させなくするよう船の形を
最適にしていく技術は「船型学」と言う。
■優秀な人材が集まらない分野の技術が劣化
「船型学」の研究の大本山のようなのが私たちの研究室だ。その研究で、私の3代前の
教授は文化勲章をもらい、2代前の教授は文化功労者になった。私も29歳の時にこの
研究室のメンバーになって以来、船の波と船の形の関係の研究を続けてきた。
船型学は30年も続けてきたので、研究の世界でかなり上りつめたのだが、その一方で、
船の形を設計するエキスパートになった。だからアメリカズカップの仕事も引き受け
たし、最近ではスーパーエコシップという電気推進の内航船の設計を指導し、波を作る
ことによる抵抗(造波抵抗)を60%減らすことにも成功した。
この「世界の艦船」のページを開いてみると、米海軍の沿海域戦闘艦の建造中の写真が
たくさんあった。どこの設計が悪いのか一目瞭然に分かった。明らかに設計のレベルが
低い。私が代わりに設計したとしたら、すぐにエンジンの馬力を20%減らせそうなくらいだ。
米国では商船を建造するビジネスはほとんどないが、プレジャーボートや軍艦を製造
するビジネスは世界トップの規模にあった。だから、米マサチューセッツ工科大学
(MIT)やカリフォルニア大学バークレー校などには造船関係の学科があって優秀な
学生が集まり、造船造艦の世界へ巣立っていった。
ところが、ソ連崩壊の前後から、このような学科がリストラされていき、優秀な人材が
この世界へ向かわなくなっていった。そうして、この分野の技術力が急速に劣化した。
この流れはますます加速し、冒頭のような、ひどい設計をしてしまうだけでなく、
誰もその設計の悪ささえ分からなくなってしまったのだ。
軍艦の設計という軍事研究のお手伝いをすることは私たち東大教員には許されてなかっ
たし、私自身もやりたい仕事ではない。しかし、一方では軍事用も民生用も技術は
共通の部分が多い。だから船の設計や技術開発の先端にいた私は米海軍の研究関係の
方々と話し合う機会も多かった。
※まだ続きます。
◎ソース URLリンク(business.nikkeibp.co.jp)