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昭和18年5月21日永野修身軍令部総長は、後藤英次鎮海警備司令官に対し、黄海に対潜防御用機雷原を敷設すること下令した。
特設巡洋艦「西貢丸」、特設敷設艦「高栄丸」、「新興丸」は、一時的に鎮海警備府に編入され、朝鮮半島の南西端から南西に向け、長さ158浬に渡り2列6,000個の機雷を浅深度に敷設することになった。
昭和18年6月初め黄海南部に3隻が並行に航行し、80メートル間隔で震度13メートルと23メートルに敷設。
昭和18年9月敷設艦「那沙美」が黄海に機雷を敷設、同機雷原を強化。
昭和19年1月敷設艦「厳島」が黄海に機雷を敷設、同機雷原を強化した。
昭和19年1月~2月哨区が黄海の米潜水艦「スコーピオン」は、1月6日以後消息を絶ち、黄海に敷設された機雷原にて沈没したものと推定されている。
哨区が黄海の米潜水艦「エスコラ-」は、9月18日ハワイを出撃。10月17日に僚艦「パーチ」に「本艦の現在位置は黄海にあり」と通信を送り、以後、消息を絶った。