ソ連の技術力って低すぎるよな?at ARMY
ソ連の技術力って低すぎるよな? - 暇つぶし2ch298:名無し三等兵
09/05/27 11:06:23 PVOWQPpM
B-2爆撃機やF117の素材は日本製だお

299:名無し三等兵
09/05/27 16:54:03
>>298
> B-2爆撃機やF117の素材は日本製だお
いるよね。こういつやつ、あと、F-22の素材も日本製だとか。現実に戻ってこい。

300:名無し三等兵
09/05/27 16:55:55
しかしデルタ材作れなかったのは日本の技術が低かったからだろ?

301:名無し三等兵
09/05/27 18:28:22
今は家具に使われてるらしいなデルタ合板

302:ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc
09/05/27 19:45:45
家具の合板か…
アレたしか南方と言わず日本の気候でも野ざらしにしとくと茸生えるよな。

303:名無し三等兵
09/05/27 19:54:40
デルタ合板はホルムアルデヒド漬けて圧縮してあるからキノコ生えないんじゃね

304:名無し三等兵
09/05/27 20:13:39
>>303
ホルムアルデヒドが浸透してるんならキノコの生える余地はないだろうな。
ホルムアルデヒドって細胞や組織を殺すのに使う薬だし。
(消毒液や組織固定液として現在もいろんなところで使われてる)

305:名無し三等兵
09/05/27 20:20:20
じゃなおさらデルタ材作れなかった日本が哀れだな

306:ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc
09/05/27 20:32:25
ホルムアルデヒド…
あれな、蒸発して抜けちゃうんだよ。
しかも水にきわめて溶け易いから新品ならばともかく
飛行場で風雨に曝されるとなるといくらニスを塗っておいても…

307:名無し三等兵
09/05/27 20:41:26
>>306
表面を塗装しないのが前提なん?
風雨にさらされて塗装がはげてるのを放置したら金属だって腐食しちゃうぞ。

308:名無し三等兵
09/05/27 20:50:06
キノコが生えるレベルまでアルデヒドが蒸散するのに何年掛かるやら
その前に戦闘で損耗するだろうしな

309:ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc
09/05/27 21:23:13
>>308
半年くらいじゃないの。
新築でシックハウスの臭いがしている家も大体そのくらいで臭わなくなる。
モスキートがそうである以上ソ連製のデルタ材が例外である筈が無いわけで。

310:名無し三等兵
09/05/27 21:28:34
日本はデルタ材を作れなかったのではなく、作らなかったといいたいのか?

311:名無し三等兵
09/05/27 21:29:04
それは体感できなくなるだけで残留成分がどのくらいかによるんじゃね
後はワニスとか表面の処理にも拠るが

312:名無し三等兵
09/05/27 21:31:52
強度的にも普通に木材使うより優れてるし
あの時期に作れてるなら喜んで採用したと思うぞ

313:ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc
09/05/27 21:49:04
まず、デルタ材はあくまでも”代用品”に過ぎず、ジュラルミンより優れた物ではないという事。
当のソ連だって、戦局が持ち直すと金属機を作り始めてるでしょ?

そして合板の使用は確実に重量増をもたらすという事実。
これ以上軽く出来ない零戦をもっと軽くしろなんて言われるような状況で
採用できるような合板と言ったら多分カーボン並みの重量比強度でしょう。

そして、ソ連が木製機を作ったのは主としてとにかく頭数を揃えるためだが、
日本の場合は飛行機の頭数よりまず燃料と搭乗員が足りない。
頭数の方も日本の場合、足を引っぱっていたのは発動機の生産が進まない事。

314:名無し三等兵
09/05/27 21:52:19
「作れたけど作らなかった」ではなく「あっても使い道がなかった」といいたかったのか

315:名無し三等兵
09/05/27 21:52:54
そこで松根油をですね(ry
ソ連は石油とかは不自由しなかったんだな

316:名無し三等兵
09/05/27 21:53:55
まぁ作れる作れないに関係なく末期の方は終わってたからな

317:名無し三等兵
09/06/04 10:44:01 EJERLMub
ミノフスキー粒子がまでは読んだww

318:名無し三等兵
09/06/08 00:51:58 6DBQU5UT
URLリンク(s04.megalodon.jp)
モンゴルに旧ソ連軍の超巨大陣地跡 大戦時の出撃拠点か
2009年6月7日23時48分

第2次大戦中、モンゴル東部に旧ソ連軍が建設した巨大陣地の概要が、
日本、中国、モンゴルの調査団の調査で明らかになった。

東京・山手線の内側より広い約70平方キロメートルに及ぶ広大な陣地は
旧ソ連軍が1945年8月に対日参戦した際の出撃拠点の一つだったとみられる。
モンゴル国境で日ソが武力衝突した「ノモンハン事件」から70年を迎えたのを機に、記者が現地を訪れた。

陣地は中国国境から約40キロ離れた「タムスク」の元飛行場付近にあり、東西13キロ、南北10キロの多角形。
多数の物資貯蔵庫や砲台跡があり、外周約39キロを対戦車壕(ごう)が囲んでいる。
壕は幅8メートルあり、南には湿地帯を挟んで長さ約19キロの別の壕も造られていた。

陣地内にも、戦車や砲を収納したとみられる壕が多数掘られ、鉄道が引き込まれた跡があった。
司令部や兵舎とみられる建造物が6棟確認された。付近には二つの飛行場跡もあった。
壕からソ連軍が40年代前半に使っていた航空機の部品が見つかり、
鉄道跡付近には40年製のソ連製銃弾の薬莢(やっきょう)もあった。

モンゴル軍当局は「陣地にかんする資料はモンゴルには残っていない」としている。

8日夕刊から「ノモンハンの記憶」を5回にわたって連載します。
また、ノモンハンへの道のりを写真と音声で紹介するスライドショーが
アサヒ・コム(URLリンク(www.asahi.com))で見られます。



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