09/01/25 10:46:02
採用の闇(1) 縁故不採用
「はぁ、おっしゃることはよくわかりました。ええ…それは倫理的な問題にもなりますので、私の裁量では…はい…申し入れの趣旨は十分理解いたしました。ええ、それでは…」
午前8時40分。各種の半ば儀礼的な業務を済ませ、執務に入ったばかりの某地方都市の首長の執務室で、部屋の主は中央官庁の重職にある人物との電話を終え、受話器を戻すとため息をつき首を振った。
恐らく、この時期には良くある話…地元の有力者、関連企業、官公庁などから身内、もしくは利害関係を共にする者の身内、もしくは親族の自治体職員『推薦』だろう。
推薦人物が自治体職員としての資質を十分に持ち合わせていれば箔が付くのだが、この手の推薦された連中は、真っ当な社会人の資質すら持ち合わせていない場合が多い。
そして、地方公務員の実務スキルが低いのは世間一般の知るところである。
「農水省から採用の申し入れですか?」
やけに丁寧な市長の電話応対に疑問を感じたのか、平成の大合併以前から彼を支えてきた秘書室長が電話の内容について彼に疑問を投げかけた。
縁故採用は半ば必要悪と彼は認識している。採用者を『人質』にとれば、自治体運営も円滑に進む。しかし、相手が例え農水省の高官であったとしても、『買い手』である市長がここまでへりくだる理由はないはずだ。
「縁故採用ならな…逆なんだ」
市長は困惑を隠しきれない表情で答え、続いて彼に尋ねた。
「今までに特定の人物を『採用するな』と圧力かけてくる事なんてあったか?」
「合併前の町の時代も含めて、圧力をかけてくるのは、両翼の連中とプロ市民だけだったと思います。農水省がマークしている大人物がウチの採用試験を受けてるんですか?」
「農水省だけじゃない。昨夜、自宅に流通会社の代表取締役から直接電話があった。採用すればウチが誘致しているトラックターミナルの件は白紙に戻すと半ば脅迫された」
「なんです?それ?それにしても『縁故不採用』とは…」
「わからん…とにかく、受験者が何者か知りたい。すまんが総務に連絡を取って受験者の情報を…」
そこまで話した時、卓上の電話が鳴った。市長は受話器を取り、取り次いだ秘書と二言三言言葉を交わし、秘書室長に電話の主を告げた。
「今度は防衛省からだ…ここには自衛隊関連施設なんぞ1つもないんだが…」