22/09/24 21:57:55.94 iFA/Ri2Xa.net
>>227
平安時代の藤原敦忠の補任された権中納言が顕官であることの比較に、江戸時代の徳川光圀を出すこと自体がねずきちの王朝官職無知を晒しています。おまけに、テレビ時代劇の「天下の副将軍」という幕府に存在しない架空の役職を出している(苦笑)。江戸幕府の職制も知らないのは明白です。
藤原敦忠は、父の藤原時平が叔父高経の年若い妻を奪い己れの妻にした時、既に彼女は懐妊しており、生まれたのが、彼だったとも言われます。本院左大臣時平は天神菅原道真を誣告した恨みで早世、その長男保忠、三男敦忠も世を早めたと噂されました。