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野田 伊豆守
2025.07.15
昭和46年(1971)4月から9月まで、日本テレビ系で放映された『アニメンタリー決断』に、当時小学校高学年生だった私はなんとも言えない衝撃を受けたことを覚えている。
この頃のテレビと言えば、19時から20時までの時間帯は、どの局もアニメや特撮に多くの枠を割いていた。子どもたちは『巨人の星』や『タイガーマスク』といったスポーツアニメや、『仮面の忍者赤影』『ウルトラQ』などの特撮を、毎週楽しみにしていたのである。
■子ども向けアニメとは完全に一線を画した意欲作
多くの子どもたちがテレビの前に陣取る時間帯に、太平洋戦争を題材にしたアニメーションが放映されたのは、驚き以外の何ものでもなかった。当時は知らなかったが、制作していたのはタツノコプロであった。アニメファンならば何らかの作品を、一度は目にしたことがあるといっても過言ではない、日本を代表するアニメ制作会社である。
『決断』が放映された翌年の昭和47年(1972)10月1日から、同社の代表作となる『科学忍者隊ガッチャマン』が、2年にわたり放映されている。この作品は子ども向けながら絵は劇画タッチであった。というのも『決断』の作画監督、作画チームが、こちらの作品にも参加していたからだ。
劇画タッチだから、ということが理由なのかもしれないが、『決断』のオープニングに流れるナレーションと、背景の沈みかけた軍艦やあまたの軍人たちの顔が、それまでの子ども向けアニメとは完全に一線を画し、どこか恐ろしげな雰囲気をまとっていた。それは
人生で
最も貴重な瞬間
それは
決断の時である
太平洋戦争は
われわれに
平和の尊さを教えたが
また
生きるための教訓を
数多くのこしている
というもの。これも後から知ったのだが、タイトルにある「アニメンタリー」という言葉は、「アニメ」と「ドキュメンタリー」を合わせた造語だということ。ドキュメンタリーとして伝えたかったことが、このオープニングのナレーションに集約されているのだろう。
今、あらためて見ると、人としてけして忘れてはならない言葉だと感じられる。耳に残る勇ましい主題歌は、作詞が『高校三年生』や『高原列車は行く』の丘灯至夫(おかとしお)、作曲は『六甲おろし』や『栄光は君に輝く』の古関裕而(こせきゆうじ)が担当。
物語は大東亜戦争(太平洋戦争)が始まった昭和16年(1941)12月から日本が降伏する昭和20年(1945)8月までの間、太平洋の各戦線で起こった日米の死闘を伝える全25話。
それにプラスして最終回として、戦争とは無関係のプロ野球読売ジャイアンツの川上哲治監督(当時)の決断を描いた実写があり、それを含めると26話が放送された。
第1話が真珠湾奇襲、第2話と3話はミッドウェー海戦、第4話マレー突進作戦という具合に、必ずしも時系列を忠実に追いかけて構成されているわけではない。しかし事実を淡々と描いた内容、登場する兵器類などはデフォルメされておらず、ドキュメンタリーを標榜する作品に恥じない作りであった。
扱われている25の戦い(ミッドウェー海戦とレイテ沖海戦は前後編なので実数は23)の中で、私がとくに印象深いのは第12話の「潜水艦伊-168」と第16話「キスカ島撤退」、それに第19話「ルンガ沖夜戦」だ。いずれも過去に自分もこの記事で扱っている。
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