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O先生の国立霞ケ浦病院は、海軍霞ヶ浦航空隊に付設された元・海軍病院で各地で
戦闘機搭乗員を養成した予科練の本部地。予科練卒業後、戦闘機搭乗員となった者
2万4000人中、6000人弱。。。すなわち25%弱が、生還しているのみ。学徒兵は文科
とはいえ、旧制中学で理科も学習しているので戦闘機搭乗員となった者も多く、
下士官として上官の命令を実行したためB,C級戦犯で死刑になった者も多い。
日本が戦争に突入する中で、大量に不足した軍医を養成するための臨時医専出が
国民皆保険で保険医総辞退までして濡れ手に粟をつかんだ行為を、その世代の
旧帝・旧六達はどのように思ってみていたのか?それを先導した武見太郎も
慶応医ではあるが、本流を外れた開業医だ。
O先生の国立霞ケ浦病院の前の赴任地は、国立療養所村松晴嵐荘。戦前は除役軍人
の結核療養所。徴兵されたものの、集団生活で「死の病」結核に侵された青年の
治療にあたった病院だ。戦後結核の急減に伴って晴嵐荘の広大な敷地は
日本原子力研究所に転用される。世界初の原爆投下から15年後の1960年、世界の
工場として電力需要が逼迫する状況下、原子力の平和利用として、日本初の原子の火がともる。
私が、医専上がりの開業医に対して厳しい姿勢をとる理由が、単にコンプや嫉妬と
言いたければ言えばいい。特に慶応を除く私立医大は過去の歴史も学生に教えず、
金の生る資格となった医師資格や学位を、金で販売することの意味を考えているのかと。