26/04/24 08:32:15.44 +1D3Ik9/.net
「人間をオーディオインターフェースにする」
そんな実験が1910年代のドイツで行われていた
尻にコンセントを挿し、並べられた人々は順番に音階を口で奏でる
ソプラノ「ド」担当のエルドリッヒ・ジェフリーマンはなんと、
このオーディオインターフェースシステムの開発者でありドイツ科学省のナンバー2(ツー)であった
1917年、苦心の末、ついに12人によって「ベルリンの夕べ」が奏でられ
晩餐会に出席したアドルフ・ヒトラーらによって絶賛された
「だが」
エルドリッヒ自身がこの成功に違和感を抱いていたことが後の手記「ビスマルクからの手紙」で明かされている
尻にコンセントを挿して音を鳴らす構造そのものが、「音源」であり、オーディオインターフェースとは呼べないのだ
行ってみれば、RPGだと思って買ったゲームがセーブできるだけのアクションゲームだった状況に等しい
だが、当時のドイツは誰一人としてその矛盾を指摘することができなかった
それほど、DTMはまだ黎明期だったのである
「そんなことよりも」
テナーの「ラ」担当のアーヴィン・メッチェルウェンガーは言う
「あらゆるサウンド・イメージの中から角度だけを生成することができるか?」
その見識にエルドリッヒは目を細めた
70年後、ついにアメリカの企業によって「USB1.0」が開発される
エルドリッヒらの死後、じつに100年が経過していた
~完~