16/05/13 16:15:45.00 Q91gDtg4.net
渡来西日本人さん現実見ようよ…
>具体的には縄文時代に、東日本と西日本で人口分布が全く異なっていた事実が知られています(小山, 1984)これは、常緑広葉
>林帯と落葉広葉樹林帯という異なるバイオームに由来する陸上の食物と、内湾の魚類や遡河性の鮭鱒などの海産資源を組み合わせる食生態を縄文時代人がもっており
>東日本と西日本の資源量の相違が遺跡数に反映しているものと考えられています。東日本の落葉広葉樹林ではクリやドングリなどの食用にできる堅果類が多く
>またサケやマスなどの遡上性魚類を利用できたのに対し、西日本の常緑広葉樹(いわゆる照葉樹林)では食用となる資源が乏しかったようです。
>弥生時代になり、水田稲作農耕がはじまると、ヒトが人為的に環境を改変することが可能となり、バイオームの影響は比較的小さくなります。この頃から
>西日本でも人口の増加がはじまるのです。
URLリンク(c14.um.u-tokyo.ac.jp)
縄文時代の西日本はずっとスカスカ無人状態
URLリンク(home.hiroshima-u.ac.jp)
必死に自分の住んでいるところは縄文系ニダ!という捏造しないでね
そこ西日本=縄文無人地帯=弥生人そのまんまだから