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>>298
釈尊の御真骨の仏舎利を祭る名古屋は仏教がさかんで、信心深い信徒が多く住む町
仏教の根本教義である「唯識所変」通常は唯識は、識こそが物事を作り上げ、
決定しているということ
人間には視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の5つの知覚がありこれを唯識では
五識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識)という、それを統合する形で意識があり
これを六識という。
そこから心の領域に行って、無意識が存在することは分かるだろう。
人間は心の中に煩悩が常に起きる、この煩悩はどこから来るかといえば
「我執」(自分にしがみつく)からくる。この我執の正体を末那識という、
その末那識のさらに奥に阿頼耶識という生命の中核であり、「我」よりも
さらに奥の生命そのものに執着する識がある。
この阿頼耶識の発見こそが唯識の最大の発見であるといわれている。