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関内から北仲へ。ヨコハマの中心は大岡川沿いにシフト
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8代目市庁舎は2020年春竣工
横浜DeNAベイスターズの本拠地「横浜スタジアム」がある横浜公園。
その向い側、8階建ての「横浜市庁」は、横浜開港100年記念事業の一環として建設され、1959年から使われている。
当時の横浜市の人口は137万人ほどだったが、60年後の現在は373万人にまで膨れ上がった。
古色蒼然とした現庁舎ではとても職員を収容しきれず、部局は近隣のビルに分散している。
現在、8代目となる新庁舎の建設が進められ、2020年春竣工、同6月供用開始予定となっている。
場所は大規模な再開発事業が進行中の北仲通(きたなかどおり)地区で、現庁舎から北西の方向に1駅分ほど離れている。
市庁舎は関東大震災や空襲などで仮住まいをしていた時期を除けば、1889(明治22)年の初代より、概ね現在の場所「関内」駅前にあった。
その意味で、今回の庁舎新築移転は、横浜の中心となる市庁舎が移るという意味で、象徴的な動きなのだ。
絹の輸出で栄えた街の再開発
コリント式の柱が印象的な1936(昭和11)年築の日本郵船横浜ビルは現在、日本郵船歴史博物館となっている。
海岸通りからはクイーンの塔(横浜税関)、キングの塔(神奈川県庁)、ジャックの塔(横浜市開港記念会館)が見渡せるように、周辺には歴史的な建造物が集まっている。
開港以来、日本の主要輸出品の1つだった絹の貿易で栄えた名残である横浜生糸検査所(横浜第二合同庁舎)や帝蚕倉庫事務所(北仲BRICK)など、レンガ造の建物が目に入る。
その海岸通りが馬車道(万国橋通り)にぶつかる辺りで、35階建ての白いビルがすでに立ち上がっている。
客室数2311室。2019年秋開業予定で、単棟では国内最大規模となる「アパホテル&リゾート〈横浜ベイタワー〉」だ。
この巨大なホテルは「北仲通南地区」の再開発事業物件。
同じエリアでは、58階建て・高さ199.95mで、横浜最高層となるタワーマンション「ザ・タワー 横浜北仲」もほぼ躯体部分が完成している。
こちらは三井不動産レジデンシャルと丸紅の分譲物件で、総戸数1173戸。
最高額住戸が8億円というのも話題を呼んだ。
2017年末から18年にかけて販売された首都圏最大の注目案件の1つだっただけに、一般販売の1126戸は約8か月間で完売した。
下層階は商業・文化施設や宿泊施設「オークウッド」なども入る複合ビルだ。2020年春には入居が始まる。
本町通り(栄本町線)を挟んだ向かい側は「北仲通北地区」。
ここでは32階建て・高さ155.4mの横浜市新庁舎の建設が進んでいる。
先のタワマン同様、新庁舎もみなとみらい線「馬車道」駅直結となる。
移ろうヨコハマの中心
ここ数年、首都圏人気の街ランキングで吉祥寺や恵比寿と首位を競う横浜だが、
東京の2つの街には中心となる駅があるのに対して、横浜の場合はその点が曖昧である。
JR・相鉄・東急・京急・地下鉄が集まる「横浜」駅が必ずしもイメージされているわけでもない。
では、横浜の中心はどこなのか。
ハマっ子に尋ねると、現在の市役所や横浜スタジアムのあるJR根岸線・地下鉄「関内」駅周辺が思い浮かぶようだ。
商店街でいえば伊勢佐木町なのだが、ここがかつてのにぎわいを失って久しい。
横浜は埋め立てによって発展してきた街だ。
大岡川が流れ込む入海が江戸時代に新田開発されて陸地化、1859(安政6)年の開港後、
外国人居留地である関内と関外との境は現在のJR根岸線と並行して走る首都高速神奈川1号横羽線付近で区切られていた。
戦後は長らく米軍施設が臨海部中心に残ったこともあり、横浜の開発は遅れた。
大きく動くのは、飛鳥田一雄市長時代の昭和40年代に入ってからである。1965(昭和40)年に提案された横浜市六大事業の1つ、都心部強化の対象として、臨海部に残る三菱重工業横浜造船所などの再開発により、
「横浜」と「関内」に分断された都心部が一体化したことが大きい。
83年に造船所の移転が完了し、跡地で「横浜みなとみらい21(MM21)」事業が始まる。89年に横浜博覧会が開かれ、93年には70階建て・高さ296.33mの「横浜ランドマークタワー」が開業している。
現在では、タワマンが立ち並ぶ「みなとみらい」(西区)アドレスは、約4300世帯・9000人ほどが暮らす人気の住宅地に育った。
2004年2月、東急東横線と乗り入れる形でみなとみらい線が開業した。
4.1kmの路線は横浜都心部を繋いでおり、市役所の移転によって「馬車道」駅最寄りの北仲通地区がヨコハマの中心になろうとしている。