16/08/24 07:27:44.76 8kzBFkIc.net
セブンより早く北海道でコンビニ セコマ会長、赤尾昭彦氏死去
URLリンク(www.nikkei.com)
セコマの赤尾昭彦会長が亡くなった。コンビニエンスストアの黎明(れいめい)期、その将来性をいち早く見抜き、北の大地で一大チェーンを築き上げた。
北海道に攻めてくる本州の大手に対抗し、原料生産から製造・加工、物流までを自社グループで手掛けるユニークなビジネスモデルを確立。
晩年も東京で自社商品の販売先開拓の陣頭指揮をとるなど、精力的に活動していた。
酒類卸の丸ヨ西尾に入社した1960年ごろから個店経営の酒販店はチェーン店に押され、環境は厳しさを増していた。
がむしゃらに働いても担当する店舗が倒産していくのを目の当たりにし、酒販店経営の近代化が必要だと痛感
。持ち前の研究心で本や資料を読みあさり、行き着いた先が米国で広がりつつあるコンビニだった。
高校卒業後に入社、仕事を続けながら札幌短期大学を出た苦労人でもあった。71年に知り合いの酒屋をコンビニに改装。
セブン―イレブン・ジャパンが74年に1号店を開業するよりも早かった。丸ヨ西尾を退社しセコマの前身、セイコーマートを同じ年に設立。
現在、道内で1000店を超えるチェーンは「セイコーマート」しかない。
「戦争を経験して食べ物のありがたみを知っているから、生産からやらないと気が済まない」。
野菜や乳製品などは原料から手掛ける。陸上自衛隊と災害発生時に協力する協定を結ぶなど、非常時対応にも敏感だった。
15年には東京に事務所を開設。自ら東京に住み、イオンなどの商品供給先を切り開くなど事業欲に衰えは見えなかった。
セブンイレブンへ常に対抗意識を持っていた。生前、一度だけ、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文前会長に会ったことがある。
「講演か何かで隣の席に座っていたが、オーラで背筋が寒くなった。以来、私の宿敵なんです」。攻め滅ぼされるという危機感から生み出された数々の経営戦
略。これがセイコーマートを大手と互角に戦える唯一の地場チェーンにした。