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尼崎の市外局番、大阪市と同じ「06」のワケは…
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県内の市外局番は、西宮市が主に「0798」、芦屋市が「0797」、神戸市が「078」……と、ほとんどが07系。尼崎がなぜ、大阪市、豊中市、吹田市などで使われている「06」なのか、不思議に思う人が多いのでしょう。
「尼崎は大阪の一部ってことじゃないの?」という冗談を、記者も何度か聞いたことがあります。
真相はどうなのでしょう。西村さんによると、理由は「地元産業界の要望の結果」なのだそうです。
■大阪との連絡重要
尼崎は明治時代から多くの企業が工場を置く産業の街として栄えました。こうした企業にとって、事務部門や取引先がある大阪との連絡は何より重要です。
例えば尼崎紡績(現ユニチカ)は、尼崎がまだ電話利用可能区域に入っていなかった19世紀末、自前で大阪から電線を引っ張って電話を開設したほどです。
20世紀に入ると、尼崎にも電話が普及し始めます。ただ、当時の市外通話(異なる電話局管内への通話)は、交換手に通話先を告げても、なかなかつながらないことが多く、大阪との連絡は大変不便だったようです。もちろん、料金も市内通話より高額でした。
さらに、町村合併を重ねた尼崎市の中には、尼崎局、伊丹局、西宮局など複数の電話局の管轄区域が混在し、市内から市内へ電話をかけるにも市外料金が必要という、ひどい状況に陥ってしまいました。
■1954年に編入実現
このため戦後間もなく、「市内全域を一括して大阪局の管轄区域に編入させてもらおう」という声が地元で高まります。
市や商工会議所による日本電信電話公社(現NTT)への陳情の末、編入は1954年に実現。その8年後、全国的に市外局番が整備され、尼崎を含む大阪局管内に「06」が割り当てられたというわけです。
54年当時の新聞を見ると「市外通話の約6割を占めていた大阪との通話が従来の14円から7円になる」とメリットが紹介されています。92年刊行の「尼崎商工会議所八〇年史」も「その後の尼崎の産業経済活動に大きく貢献した」と編入を高く評価しています。
■タダではなかった
もっともこの編入、タダではありませんでした。電電公社は当時、条件として「2億円余りの電信電話債券の引き受け」を市側にのませました。管轄区域の再編などに伴う工事費の地元負担という意味合いです。
県内では異彩を放つ「市外局番06」。その裏には、阪神工業地帯の中核を担った「工都尼崎」の歴史が隠されているのです。(宮武努)