大阪の都市計画について語るスレ Part22at DEVELOP
大阪の都市計画について語るスレ Part22 - 暇つぶし2ch363:名無しさん@お腹いっぱい。
15/09/13 10:39:56.31 SnDT8cW6.net
都市の気品を受け継ぐ建築群…日本生命保険相互会社本館
URLリンク(www.sankei.com)
 世界の都市を訪ねて気づくのは、美しい街は、決して時代の先端を走ろうとする建築だけでつくられているわけではないことである。
 建てられた当時も特別だった、国などが背伸びをしてつくった建築がある。これは見応えがあり、たいていは「最先端」の連鎖として記述される歴史の流れにも位置づけやすい。
他方で、たとえ小さく庶民的でも、依頼主や設計者の思いが強く現れた建築がある。これは個別性を見いだし、建物の物語を語って印象づけやすい。
 だが、そのどちらでもないものも都市の気品を構成する上で重要だったりする。社会の役割を受け止め、特別さを目指しているのではないけれど、よく配慮されてつくられた建築。
日本生命保険相互会社本館は、そんな建築の代表格だ。
 1889(明治22)年に創立した日本生命保険は、1902(明治35)年に現在の地に本店を構え、辰野金吾・片岡安の監修、関野貞の設計による煉瓦造の本館が建てられた。
この時の正面は当時のメインストリートである東側の心斎橋筋に向いており、御堂筋の拡幅に伴い、後に御堂筋側に7階建の増築がなされた。
 現在の本館の建設が始まったのは1936(昭和11)年。しかし、戦争の影響により、現在の北半分を外壁工事なしで完成させて1938年に第1期工事を終える。
北半分を花崗岩貼りとし、その意匠を引き継いだ南半分の建設を完了して今見る姿になったのは、第二次世界大戦後の1962(昭和37)年のことだった。
 心斎橋筋を正面としていた赤煉瓦の旧本館から、拡幅された御堂筋の風景をつくる白い花崗岩の大建築へ。大大阪の時代にふさわしい設計は、長谷部竹腰建築事務所が担った。
住友本館を完成させた後に、長谷部鋭吉と竹腰健造を中心に1933(昭和8)年に設立。戦後は日建設計として、日本を代表する組織設計事務所となる。
 本館はモダンでクラシカルと言える。意匠はシンプルだが、全体のプロポーションを研ぎ澄ませ、細部に繊細に配慮することで、古典的な風格を街に付与している。
機能面では、エレベーターや階段といった執務室以外の要素を中央部に集約させていることも見逃せない。戦後のオフィスビルにつながる平面構成である。
大阪株式取引所市場館と並んで、長谷部竹腰建築事務所が出発時から主眼としていた、社会のニーズに応えた近代性を示している。
 近年、本館をこれからも保ち続けるための大規模改修を終えた。そればかりか、戦後に建てた南館も花崗岩貼りに改め、裏手に2015年に建設した超高層の東館も本館の意匠を受け継いだ。
国内ではこれまでにあまりない手法だが、違和感なく、この歴史的な界隈の品格が増している。
インパクトの強さだけを狙わず、自らの選択で都市に価値を提供するという美質は、同社が東京で美しい状態を維持し続けている村野藤吾の傑作・日生劇場(1963年)の姿にも表れている。
(倉方俊輔/建築史家・大阪市立大学准教授)


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