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「名前だけでありがたがる日本人」…スリランカ出身の羽衣国際大学准教授、にしゃんたさん
2013.11.13 21:09
URLリンク(sankei.jp.msn.com)
今回の問題で、食材の多くを輸入に頼る日本で、輸出する供給国側の限界と、ネームバリューで食材の善し悪しを決める日本人の愚かさがあらわになった。
海外で養殖・栽培された食物を輸入する今の日本では、産地側で食材が不作・不漁であっても、本来の日本の四季の旬を無視し、通年メニューがまかり通っている。
日本では日々メニューを書き換えるぐらいの気持ちがあっていい。血統で地鶏などの規格を決めるJAS規格も、国産、外国産という分類以上にこだわり、純血主義を尊ぶ日本の排他性を感じさせる。
裏ばかり「おもてなし」…味を確かめず、鵜呑み
日本は細かい表示に気を使い過ぎている。例えばスリランカでは、エビなら、大きなエビと小さなエビというような分別しかなく、「××産」といった産地にはこだわらない。
2020年の東京五輪を控え、おもてなしの心が叫ばれるが、本来の日本のおもてなしは、「たいしたものではありませんが」とへりくだりながら、本当に良いものを渡す姿勢にある。今回の問題は真逆の姿だ。
今回の偽装を機に、日本は産地のこだわりを見直す時期が来たのではないか。問題の本質は、本物の味を知らないのに、名前だけでありがたがる日本人も加担しているといえるだろう。