13/07/23 NY:AN:NY.AN RF97jzml.net
>>55
まさにあなたみたいな人(心ない人)が昔からいたのね。
>「心ない人々によって、根も葉もない俗謡の濡れ衣を被せられ」
歩兵第8連隊は「またも負けたか八連隊、それでは勲章九連隊(京都の歩兵第9連隊 / 「くれんたい=もらえませんよ」のもじり)」
という里謡とワンセットで語られる事が多い。口数が多く弁舌が立ち、商人気質で損得勘定に敏く、かつ反権力的というステレオタイプ、偏見混じりの大阪商人気質によって「大阪の兵隊は弱い」という風説が生まれた。
しかし、実際に第8連隊は負け戦と云う負け戦をしておらず、また背後に聳える盃ケ岳や多紀連山を使った厳しい訓練や演習で「丹波の鬼」「山岳戦の篠山連隊」と恐れられ、
信頼された篠山歩兵第70連隊の直系母体(第8連隊内から要員が捻出・編成され篠山に移駐した連隊)にもなっており、
決して弱かったわけではでなく、大阪鎮台時代の西南の役に連隊が従事した際には明治天皇より、「戦功ご嘉賞」という全軍に於いて極めて名誉ある詔勅を後にも先にも日本軍では唯一賜るという偉業を達している。
太平洋戦争時のバターン・コレヒドール攻略戦に於いても第8連隊(第4師団)は奮戦勝利しており、軍司令官の本間雅晴中将から謝意を述べられ労を労(ねぎら)われている。
編成地と所在地が大阪ではあるが、所属する隊員には、奈良県を始めとした近畿の各府県や徳島県など他の府県出身者、仕事で大阪に出て、大阪で徴兵検査を受けた大阪府外出身者も含まれていた。…
『大阪と八連隊-大阪師団抄史』を記した編集した中野は、「心ない人々によって、根も葉もない俗謡の濡れ衣を被せられたまま、国難に殉じられた歩八出身者及び、
俗謡のため迷惑を蒙っておられる大阪出身諸部隊と大阪人の冤罪は、誰に訴えたらその潔白を認めてくれるのでしょうか。
純真素朴な気持で同胞の身代わりとなって死んでゆかれた幾万の人々のお気持ちを察するとき、万感胸に迫り堪え切れぬものがあって、この書を書き残しました。」とあとがきに記している。
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