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桂米朝さん死去 人間国宝、上方落語の第一人者
2015年3月19日22時48分
落語家で初めて文化勲章を受章し、上方文化の象徴的存在だった
人間国宝の桂米朝(かつら・べいちょう、本名中川清〈なかがわ・きよし〉)さんが
19日、肺炎で死去した。89歳だった。
通夜は24日午後6時、葬儀は25日午前11時から大阪府吹田市桃山台5の3の10の公益社千里会館で。
喪主は長男の明(落語家の五代目桂米団治〈かつら・よねだんじ〉)さん。
持ち前の品格に満ちた高座の中に、深く広い笑いの世界を表現した噺(はなし)家だった。
1925年に旧満州で生まれ、兵庫県姫路市に育った。
幼いころから大阪の寄席演芸に親しみ、東京の大東文化学院(現・大東文化大学)に進学後、
寄席文化研究家の故・正岡容(いるる)に師事した。
47年、21歳で上方落語家の四代目桂米団治に入門。
力のある落語家の相次ぐ他界で衰退した上方落語界を、
「四天王」と呼ばれた三代目桂春団治、六代目笑福亭松鶴、五代目桂文枝と共に立て直した。
若いころから、消えかけていた落語の復活に尽力。
死後の世界を旅する爆笑長編「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」をはじめ、
「はてなの茶碗(ちゃわん)」「天狗(てんぐ)裁き」「算段の平兵衛」
「骨(こつ)つり」「風の神送り」などを上方噺として再生した。
数多くのネタに工夫を施して、戦後のスタンダードを築いた。