JA秋田中央会【第2章】at AGRI
JA秋田中央会【第2章】 - 暇つぶし2ch300:「JA秋田中央会の森高千里」とあだ名をつけられた元.監査人T。
17/10/18 04:55:46.51 .net
JA秋田中央会の男の職員の親睦のため軟式野球部があった。公式戦でJA岩手中央会の軟式野球部との
試合を秋田県秋田市仁井田のダイアモンドで試合をしたときのことで
西暦2000年(平成12年)のことだ。
私(T)は先輩達より下の打順の8番バッターで守備位置はセンターとして先発出場した。
私(T)の背番号は7番であったが、投手で打順が4番の子供のころから野球しかとりえのない
近藤悦応(こんどう えつおう・当時33歳)は背番号が18番を背負い、誰が見ても近藤悦応(えつおう)の
ための野球チームである。
試合場所は秋田市仁井田のダイヤモンドで、近藤悦応は打者として4番で相手投手から内角高めの速球を
打ち返しランニングホームランを2回に打った。
私(T)は、3回の表の打順で2塁打を左中間に放った。打者は自分が進塁することが一番楽しいことであるが、
出塁するとある楽しみが増える。
盗塁することだ。盗塁をすることはヒットを打った打者の権利であると思った。
2塁打を放ち、2塁から相手チームの守備のショートストップの近くまで、離塁し、相手チームの
投手と捕手をかく乱した。
「この背番号7のランナーはノーサインで3塁に走る気がある」と投手と捕手に
はっきり思わせたのだ。
投球カウント2ボール2ストライクのとき、投手が投球モーションに入ってから私(T)は盗塁をチャレンジした。
野球素人の私(T)でもヒットを打って塁に出たなら盗塁したい、と当たり前に考えた。
投手が投球モーションに入ったらすぐ私(T)は3塁に盗塁を試みてサードベースに足からスライディング
した。3塁手は捕手からの送球を受け取りタッチプレーに入った。
タイミングはセーフであったが、ホームベース後ろに立っている1人だけの審判はアウトを宣告した。
近藤の野球は高校球児を経験した人にしか分からない野球の専門用語を話すが、野球はスポーツであり、
「野球が上手いから社会的に地位が高いわけではない」ことを今からでも遅くないから知るべきだ。


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