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中国の胡錦濤国家主席(69)が「朋友(ポンユー)」と呼ぶ日本人男性がいる。1984年、若者3千人が訪中して現地の人々と
交流した際、2人はともに「青年代表」を務めた中だ。国交回復40年を、領土を巡る争いの中で迎えた両国。男性は「二度と
戦わないと誓ったあの日を思い出そう」と呼びかける。
山形県遊佐市で農業を営む小野寺喜一郎さん(66)。尖閣問題が緊張し、ニュースで胡首席の険しい表情を見るたび、
「日本を大事に思ってきた彼は、本当は現状を悔しく思っているのでは」と感じてきた。
出会ったころの胡氏は笑顔の人なつっこい青年だった。当時は中華全国青年連合会のトップ。一方の小野寺さんは、青年団の
全国組織の会長を務め、訪問団のトップとして、胡氏と北京で知り合った。
国交回復から12年。友好が深まる一方で、「侵略か、進出か」と、日本の歴史教科書の記述について論争が始まっていた時期だ。
小野寺さんは、日中戦争から帰還した父親から、捕虜殺害など日本側の残虐行為を聞いていた。胡氏らと、「私たちの世代は、
再び銃を手にしない」と誓った。訪問団には、山形が舞台の人気ドラマ「おしん」の子役、小林綾子さんも参加した。
胡氏はその後、地方政府の指導者となり、中央政治への階段を上っていく。小野寺さんは故郷の遊佐町で町長となり、2009年
まで4期務めた。
98年に国家副主席として来日した胡氏は、町長のままの小野寺さんを、「失脚したのか」と心配したという。国家主席として来た
2008年も小野寺さんと会い、あの頃の笑顔で「変わらないなあ」。山形特産の刺繍「刺し子」を施した財布を贈られると、「阿信
(おしん)の品か」と喜んだ。
いま会えるなら伝えたい。「13億人のトップは容易な仕事ではない。でも、あの日の誓いを互いに守っていこう」。そして日本の人々にも、
「両国の間に不幸な歴史があり、それを埋めようと交流が続いてきたことを知ってほしい」。
ソース(朝日新聞 9/30付朝刊 38面より手打ち)
URLリンク(www.asahi.com)
写真:日中それぞれの青年代表だった小野寺喜一郎さん(右)と胡錦濤主席(左)。中央はドラマ「おしん」で子役を務めた小林綾子さん
=1984年10月、中国・北京、小野寺さん提供
URLリンク(www.asahicom.jp)