【考古学】奈良・古墳出土のガラス椀、ペルシャの高級品の可能性at SCIENCEPLUS【考古学】奈良・古墳出土のガラス椀、ペルシャの高級品の可能性 - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト81:名無しのひみつ@転載は禁止 14/07/26 18:53:49.65 altnY0ep この時代はぜんぜんイスラムじゃないな。 82:名無しのひみつ@転載は禁止 14/07/26 19:05:26.80 GCydzrK1 >>7 多分、中国との取引はあったはずで、日本には直接の取引があったわけじゃなく、 その中国の物が来たんじゃないかなあ 83:名無しのひみつ@転載は禁止 14/07/26 19:13:08.33 +ZKTWjbB >>50 宋(そう、420年 - 479年)は、中国南北朝時代の南朝の王朝。 84:名無しのひみつ@転載は禁止 14/07/26 19:25:55.92 +ZKTWjbB 倭の五王の上表文 倭王武(雄略天皇)は、宋の昇明2(478年)年5月、宋の皇帝順帝に上表文を奉っている。 「封国は偏遠(へんえん)にして藩(はん)を外に作(な)す。昔から祖彌(そでい) 躬(みずか)ら甲冑を環(つらぬ)き、山川(さんせん)を跋渉(ばっしょう)し、 寧処(ねいしょ)に遑(いとま)あらず。 東は毛人を征すること、五十五国。西は衆夷を服すること六十六国。 渡りて海北を平らぐること、九十五国。 王道融泰(ゆうたい)にして、土を廓(ひら)き畿を遐(はるか)にす。 累葉朝宗(るいようちょうそう)して歳(としごと)に愆(あやま)らず。」 (『宋書』倭国伝) 倭王武は、祖先の功業の成果として、東国の毛人の国々のみならず、 対馬海峡を渡って南朝鮮の国々まで、大和朝廷の威力が行き渡っていることを 誇らしげにうたいあげている。この第1段とも謂うべきところが特に有名である。 この上表文には、『春秋左氏伝』『毛詩』『荘子』『周礼』『尚書』等から 引かれているものが見受けられるという。 例えば、「躬ら甲冑を環き、山川を跋渉す」などは『春秋左氏伝』にも見られる字句である。 この上表文を書いた雄略朝官人の漢文の教養の深さが窺われる。 「倭の五王」のうちの倭王武は、雄略天皇に比定されている。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch