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9節 警察と遊女と部落と(続き)
4項 その1 明治維新と部落差別(旧:近代警察における「番人」概念の変遷その1)
「部落学」の創始者で『部落差別を克服する思想』の著者・川元祥一は、
明治維新が「1回限りの政変」であるという前提に立つ。
しかし、筆者は、明治維新が「版籍奉還」・「廃藩置県」・「明治6年の政変」の
3回の「政変」によって遂行されたと確信する。
しかも、この3回の「政変」の相互関係は、
「廃藩置県」は「版籍奉還」を否定し、「明治6年の政変」は「廃藩置県」の否定に上に遂行されていった側面を含み、
明治4年太政官布告第488号・第489号(通称「解放令」)は、
明治新政府の国政・外交の全動向を視野に入れて解釈する必要がある。
明治新政府は、「第1の中央警察機関」、「第2の中央警察機関」、「第3の中央警察機関」
(この表現のみ『山口県警察史』に登場)を構築していく中で、
「第2の中央警察機関」、「第3の中央警察機関」を「第1の中央警察機関」に統合し、
「明治6年の政変」によって「第1の中央警察機関」を否定して新たな「第4の中央警察機関」として改変していく。
その中で、川元が指摘する「旧番人」と「新番人」の確執と去就が問題になる。
明治政府の中にあった、ある方針が採用されていたら、
近代・現代の「部落差別」が作りだされる可能性は極端に少なかったのではないかと推測する。
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