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三宅氏「武闘派であり頭脳派」石原氏「ああ見えて勉強家」
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浜田氏を衆院初当選時から知り、政界引退後も「ビートたけしのTVタックル」で
共演した政治評論家の三宅久之氏(82)は「古き自民党のスポークスマン。
地獄耳の上、何でも隠さずに公の席で話すものだから、とにかく恐れられた」としのんだ。
69年、三宅氏が司会を務めていた東京12チャンネル(テレビ東京)の
「新人代議士大いに語る」に浜田氏が出演したのが出会い。「放送翌日に
わざわざ秘書が私の自宅をお礼に訪ねてきた」といい、律義な一面も。
新人時代、毎週金曜日に自民党記者クラブを訪れ、「浜田幸一、ただ今から
帰郷します。右、申告します」と記者たちに大きな声で報告していたといい、
「すぐに記者の間で有名になった。パフォーマンス能力にたけていた」と話した。
また、三宅氏は「武闘派で知られる浜田さんだが、頭脳派でもあった」と指摘した。
73年、自民党内の衆参31議員で結成した政策集団「青嵐会」で、浜田氏は
スポークスマンを担当。三宅氏が当時、青嵐会の一員だった石原慎太郎氏
(現東京都知事)に浜田氏の資質を尋ねると「ああ見えても勉強家。
なかなかのものだ」と称賛していたという。人の懐に入っていくのも得意とし、
党幹事長だった金丸信氏(故人)には特別かわいがられた。三宅氏は
「何の権限もないのに、院内の幹事長室前に陣取って金丸さんの面会希望者に
話を聞き、納得した時だけ取り次いでいた。それだけ金丸さんに信頼されていた」
振り返った。 2012年8月6日 06:00