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産経抄 4月15日
1971(昭和46)年秋、中国で重大事件が起きた。ナンバー2だった林
彪副主席がトップの毛沢東主席を爆殺しようとして失敗、飛行機で逃げ
る途中、墜落して死亡したとされている。しかし当の中国は、これほど
の事件を1年近くもひた隠しにしたのだ。
▼当時、産経新聞など日本のメディアの多くは、文化大革命以来中国
から追放されていた。それでも流れてくるわずかな情報をもとに「異変説」
を打ち出した。逆に1社だけ記者が北京に残っていた朝日新聞は、表面
的な理由を挙げてこれを否定し続けた。
▼それから40年余りたっても、一党独裁国の情報を得るさいの特異さは
変わっていない。北朝鮮の「ミサイル」発射と失敗の一報をもたらしたの
は、北に招待されていた記者たちではなかった。日、米、韓など「外」か
らウオッチしていたメディアだった。
▼米軍の早期警戒衛星が、寸時に発射の熱源を感知、米国や韓国の
イージス艦が追尾に成功した航跡から「失敗」が確認され、速報が世界
中を駆け回ったのだ。残念ながら日本政府は確認に手間取り、公表が
遅れたが、国際的な監視システムは機能したといってもいい。
▼これだけ丸裸にされてはさすがの北朝鮮も「降参」のようだった。珍し
く4時間余り後には朝鮮中央テレビが失敗を認めてしまった。このことは
「ならず者」とさえ言われるこの国への対応の仕方に、大きな示唆を与え
ているような気がしてならない。
▼この国の懐に入ったところで得るものは少ない。それより軍事面でも
政治面でも監視を徹底し「すべて分かっているぞ」とメッセージを送り続け
る。そのことが制裁とともに、拉致事件や核問題での解決策や抑止力に
なるはずだ。