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産経抄 1月5日
そばや酒からカボチャのような野菜まで、江戸っ子は、初物に目が
なかった。なかでも「宵越しの銭は持たない」のが自慢の彼らが、
「女房を質に入れても」と熱狂したのが初鰹(はつがつお)だ。文化
9(1812)年、江戸日本橋の魚河岸に到着した初鰹には、こんな
逸話がある。
▼魚河岸から当時の人気役者、七代目市川団十郎と四代目沢村
宗十郎に1本ずつ贈られた。それを知ったライバルの上方役者、
三代目中村歌右衛門は残りの1本を三両、今の金額で27万円も
奮発して手に入れ、団十郎より一足早く一座の者に振る舞った。
▼先を越された団十郎はよほどくやしかったのか、一生鰹を食わ
ないと誓ったそうだ。演劇評論家の渡辺保さんはいう。「初鰹は
『初』という字を買うのである。江戸っ子の、だれにもひけをとりた
くないという意地っ張り、負けず嫌いな気質がそこにはあらわれ
ている」(『芝居の食卓』柴田書店)。
▼すしチェーン店を率いる木村清さん(59)もまた、「初」という字
を5649万円で買ったのだろう。東京・築地の中央卸売市場でき
のうの早朝初競りが行われ、1本269キロの青森県大間産クロ
マグロに、史上最高値がついた。
▼昨年まで3年連続、香港などでチェーン展開するすし店が、銀
座のすし店と共同で競り落としてきた。「海外に持っていかれるよ
り、国内で食べてほしい」と木村さんは話す。通常なら500万円
程度というから、木村さんもよほどの「負けず嫌い」だ。それとも、
宣伝効果で元は取れているということか。
▼江戸っ子の初物好きは、しばしば物価高騰を引き起こし、幕府
が初物規制を敷いたほどだ。平成の初物騒ぎが、デフレ脱却につ
ながってくれればいいが。