12/11/14 18:29:21.27 aB04PdaU
>>688
> 大石寺教学は偽書に基づく教学との批判があるが学会がそれを踏襲すれば当然現在の創価教学も否定される。
同じ日蓮大聖人の教えを信じているのだから、教学上の解釈で重なる部分は多々あるのは、別段、何の不思議もない話。
それを「踏襲」というのは自意識過剰。
> 個人的著作物や東洋哲学研究所通りの主張と学会教学が全く異なるなら何のための学術研究なのだろうか。
第一に、純粋に歴史の真実を探求することではないか。
学会であれ東哲研であれ、現宗門のように、まず結論が先にあって、それに都合のいいものだけ掻き集めるような教団とは違う。
> 宗門編纂の「平成校定」は最新の研究成果を取り入れている。
しかし、それ以前は、「出家功徳御書」を真撰の御書として収録していたはずである。
それは堀上人のみならず、それ以上の大石寺法主も、「信行に資する」との見解があったからであろう。
その「出家功徳御書」を収録から外したのは、この御書に対する宗門の見解が変わったと見ていいのか。
> 「神秘的な血脈観」は池田氏が主張し撤回した表現。
今でも使っています。
何より、「神秘的な血脈観」を弁解するのに、破門した人間の言葉を利用しようとする発想が腐っている。
> 「戒壇本尊」云々は定番のような問答になっているから幾らでも肯定論・否定論は見つかる。
学術的に通用する肯定論などありません。あるなら出して見せなさい。