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太陽の塔は世界遺産にふさわしいか 岡本太郎、石原慎太郎、小松左京
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振り返ると、1970年は「進歩と調和」を素直に信じられる時代だった。その記念碑として、太陽の塔は世界遺産にふさわしいのかもしれない。
昭和45(1970)年はどんな年だったのか。
日航機「よど号」ハイジャック事件が起きた。大阪では天六ガス爆発事故があった。月面着陸をめざしたアポロ13号が事故を起こし、奇跡的な帰還を果たした。ビートルズが解散した。三島由紀夫が割腹自殺した。
が、なんといっても、大阪で日本万国博覧会が開かれたのが記憶に残る。
北海道の高校を卒業し、受験に失敗して浪人生活を送っていたので、万博は見ていない。
その後、大阪で暮らすようになり、万博記念公園に立つ「太陽の塔」を初めて見た。ちょうど岡本太郎さん(1911~96年)がテレビのCMで「芸術は爆発だ!」と叫んでいたころだった。
太陽の塔の芸術性は理解できなかったが、真下から見上げて、意外に大きいな、と思った。
◇
「太陽の塔を世界遺産に」という声が上がっている。
大阪府の有識者審議会が万博記念公園の活性化策として答申案をまとめ、2月の府議会に示す。
いいではないか。
大阪には世界遺産がない。百舌鳥・古市古墳群も世界遺産登録をめざしているが、太陽の塔の方がアピール度が高い気がする。
だが、待てよ、とも思う。
いくら岡本さんが世界的に評価されているとしても、作品単体の世界遺産登録は難しいだろう。となると、「人類の進歩と調和」をテーマとした大阪万博の理念を後世に伝えるシンボルとして、という理由付けが必要だ。
しかし、それには岡本さん自身が異議を唱えるはずだ。
◇
岡本さんは大阪万博のテーマ館のチーフ・プロデューサーだった。
サブ・プロデューサーのSF作家、小松左京さん(1931~2011年)によると、岡本さんは「べらぼうなものにする」と宣言した。
DNAの1兆倍ぐらいの模型を作り、生命の進化の過程を見せる。映画の特撮も駆使して、ゴジラや恐竜なども現れ、最後に人間が登場する。高さ45メートルの「生命の樹」と名づけた。
これがテーマ館の内部展示で、岡本さんは入れ物として高さ70メートルの塔を構想した。ここで問題が起きる。
テーマ館は高さ30メートルの大屋根で覆う計画だった。これでは岡本さんの塔は入らない。設計変更も考えたが、屋根を突き破るのはどうかという案が出た。
石原慎太郎さんの芥川賞受賞作「太陽に季節」の男性がシンボルで障子を破る有名なシーンになぞらえたのである。
岡本さんはそのアイデアが気に入って、名前も「太陽の塔」に決まったという。
◇
岡本さんの芸術理念は「抽象と具象、静と動、近代と原始など、対立するものがぶつかりあい、火花を散らしあうときこそ芸術が生まれる」である。
おわかりだろう。「人類の進歩と調和」など端から頭にない。むしろ「文明の進歩に反比例して、人の心がどんどん貧しくなっていく現代に対するアンチテーゼとしてこの塔を作った」という。
その後を見ると、科学技術はさらに進歩したが、世界は混沌(こんとん)としている。岡本さんの先見が勝った。
振り返ると、1970年は「進歩と調和」を素直に信じられる時代だった。その記念碑として、太陽の塔は世界遺産にふさわしいのかもしれない。