14/02/10 22:05:03.08 /JsSZG1y
>>424
淀川の東側、現在の大阪がある地帯は大部分が海中か湿地の
人間の利用出来ない土地だった。
淀川の西側は尼崎をはじめとして太古から陸地だった。
京都が首都であった時代、京都は日本唯一の大都市だった。
京都から海上交通へ出るための京都と尼崎間の重要な水路であった淀川は変わらない。
尼崎は交通の要所で古くから栄えていた。
神戸が背後に六甲山があり海中もそのまま断崖で深く、
また和田岬によって暴風・波浪を防げる天然の良港であることは今もむかしも変わらない。
摂津国内の泊とか津とかいう名前のつく多数あった港でも無理な大型船舶でも、
神戸は古くから容易に利用出来た。