13/11/19 00:08:23.53 YTR70DMU
>>99
(つづき)
清水の次郎長一家というのが、むかし芝居でよくある。
芝居内容が、時代とともに変遷している。
江戸の町に火をつけて回る実行部隊が、清水次郎長一家のようなやくざ組だった。
有名な森の石松の「赤城の山も今宵かぎりか」は
火をつけて回った次郎長一家の森石松隊長が
高所から江戸を全焼させる仕事の達成確認を行っていたときに、
「江戸の町も今宵かぎりか」と詠んだというのが真実。
似たようなパールハーバーのときのトラトラトラ、われ奇襲に成功せりは、
日本の映画でもよく出てくる。
やくざ組に火をつけさせる手配をしたのが、紀伊国屋文左衛門のような豪商だった。
まえもって土木建築のための木材や資材を買い占めておいて、
大火後は江戸の土地を買占め、その後の江戸再建の土木事業で
豪商たちは大もうけをしていた。
火をつけるよう裏で豪商に指図しながら『袖の下』で大もうけをしていたのは、
もちろん徳川、すなわち御上(おかみ)。
江戸の大火といえば振袖火事が有名だが、この振袖が『袖の下』を意味する。
現代のいまの時代になっても、同じような『袖の下』と土建公共事業のことを
まだ盛んにやっているが、日本国民て馬鹿だな。
当時、農業とかの家業が嫌になって脱藩をした者や狩猟民の流れ者で
江戸の町へ出て江戸で当世風のワビ・サビ、粋でおしゃれな都会生活を
楽しみたいという者が多くいて、江戸の町へ集まって来ていた。
これを放っておいたら、農業が成り立たなくなるというわけだった。
江戸は、蝦夷地を支配する役職の徳川幕府のあるところ。
農業を捨てて江戸の町にやって来るのは、関東や東北の蝦夷。
被支配の蛮族で、けんかっ早いことだけが取り柄、
野蛮で未開の凶暴な江戸人は、人間扱いをされていなかった。
まあ、原発事故のときも、放射能のなかを停電させられた現在の東京と
よく重なり合っていて似てはいる。
「越すに越せれぬ大井川」から以西へは、
江戸の蛮族である蝦夷たちは脱出して行くことは出来なかった。
当時の大阪は、教養ある関西人でなければ出来なかった商工業の
中心地であったので、町を焼くわけにはいかなかった。