【全宗教】悟りをひらいた人のスレ715【歓迎】at PSY
【全宗教】悟りをひらいた人のスレ715【歓迎】 - 暇つぶし2ch359:を読み解く 「仏教においても、伝統的に輪廻が教義の前提となっており、輪廻を苦と捉え、輪廻から解脱することを目的とする。 仏教では輪廻において主体となるべき我、永遠不変の魂は想定しない(無我)。 この点で、輪廻における主体として、永遠不滅の我(アートマン)を想定する他のインドの宗教と異なっている。 無我でなければそもそも輪廻転生は成り立たないというのが、仏教の立場である。 輪廻に主体(我、アートマン)を想定した場合、それは結局、常住論(永久に輪廻を脱することができない)か断滅論(輪廻せずに死後、存在が停止する)に陥る。 なぜなら主体(我)が存在するなら、それは恒常か無常のどちらかである。 恒常であるなら「我」が消滅することはありえず、永久に輪廻を続けることになり、無常であるなら、「我」がいずれ滅びてなくなるので輪廻は成立しない。 このため主体を否定する無我の立場によってしか、輪廻を合理的に説明することはできない。 仏教における輪廻とは、単なる物質には存在しない、認識という働きの移転である。 心とは認識のエネルギーの連続に、仮に名付けたものであり、自我とはそこから生じる錯覚にすぎないため、輪廻における、単立常住の主体(霊魂)は否定される。 輪廻のプロセスは、生命の死後に認識のエネルギーが消滅したあと、別の場所において新たに類似のエネルギーが生まれる、というものである。 このことは科学のエネルギー保存の法則にたとえて説明される場合がある。 この消滅したエネルギーと、生まれたエネルギーは別物であるが、流れとしては一貫しているので、意識が断絶することはない。 また、このような一つの心が消滅するとその直後に、前の心によく似た新たな心が生み出されるというプロセスは、生命の生存中にも起こっている。 それゆえ、仏教における輪廻とは、心がどのように機能するかを説明する概念であり、単なる死後を説く教えの一つではいない。」 https://my8686.exblog.jp/31599535/




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