新興宗教・真如苑 vol.128at PSY
新興宗教・真如苑 vol.128 - 暇つぶし2ch830:神も仏も名無しさん
22/05/29 06:26:15.58 u0BQwwJP.net
29 楽我【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
最後なる教えにふれて謝すなれば
 摩尼の宝珠を掘り当つと知れ
【教主注釈】
「水の濁りの中に宝珠を置けば水即ち清浄となる」と涅槃経に示されている。この深意をしるとき、まことに有難いことがわかる。

自分が救われたと人の不幸にこの教えを共感なく当てはめようとするのはハラスメントである。相手に気づかれているのにハラスメントし続ける信者自身がこの教えを貶めているのである。

831:神も仏も名無しさん
22/05/30 06:23:52.81 6pzl0w03.net
30 楽我【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
常に世は移り変れどみ佛の
 み法は永遠に変らざるなり
【教主注釈】
”春は花咲き秋には紅葉、常に天地は変らざる経をよむ”と、人の世は移り変わってもみ仏の慈悲にはみじんの変りはない。

仏教で無常を説く様で、教祖一家の常住による監視を信者に洗脳すると、世間でもお力を意識して教えに対してネガティブな思考をかき消すようになる。人がどう思うかは人の課題だが、人の教えに対するネガティブな思考も無いものとしようとするから、有害なポジティブを信者は振りまく。

832:神も仏も名無しさん
22/05/31 06:14:45.32 jD0WGZA0.net
31 楽我【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
夢みせて出離の道を教ゆるも
 佛最後にぞ教ゆ真理(みち)なり
【教主注釈】
夢によって教化されることは涅槃経の中に明らかにされている。その流れを汲む真如教徒も夢をリブライとして取りくむことができることはしあわせである。

信者に教えをやっていればうまくいくと不幸はありえないプレッシャーを与え、夢までも教えのお力にこじつける。今の時代成り立つのだろうか。

833:神も仏も名無しさん
22/06/01 05:36:43 faDq/YSt.net
1 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
我がうちに一如の喜び見出しなば

 日日の仕事も聖なりと知る

【教主注釈】
一如と言うことは、み仏の大慈しみの中に生かされることであり、それを知れば日々の業務もみ仏本位に生きる聖業なり-と、覚ることが出来る。


日々この教えのお力に生かされているという妄想を押し付けられても、取り合ってはいけない。距離を取るのである。そして、その手口に騙され続ける信者を憂えるしかない。

834:神も仏も名無しさん
22/06/02 05:53:18.01 X3YrDx3I.net
2 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
教法を学ぶにいとまなしという
 人こそ暇に学ばざるなり
【教主注釈】
とても忙しくて学べない-と言う人があるが、日常のその忙しい中から神仏に捧げまつる、まことを発見しようと努力することが大切である。

教法を学ぶというよりも、楽してお力を頂くという思考に流される信者が騙されるのである。教えに依存すると教団に尽くすことがまこととなる。

835:神も仏も名無しさん
22/06/03 07:23:06.72 Q46o3ZXC.net
3 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
無我という道も正しきことなれど
 無我超え悟る妙有尊し
【教主注釈】
無我だけでは悪因縁は消除できない。大般涅槃のみ教えに言われるよう教えの如く行って、こうした無我を超えるところから、現象に生かされる妙有の喜びを得ることが出来る。

教えの如く人を救うことは勧誘してその人を歩ませることであり、つまりねずみ講の取り組みである。教えのお力無しでは生きられない生かされる喜びは、実はお力が流れてこなくなると因縁にどう倒されるかわからない恐怖が根底にある。

836:神も仏も名無しさん
22/06/04 06:15:17 yiRfnSyI.net
4 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
布施なして喜びなきも布施なるが

喜びあらば波羅蜜としれ

【教主注釈】
歓喜は一つの布施であるが、若しそこに行わせて頂いた喜びが感じられるならば、それは行うことによって、一つの彼岸(さとり)に達したことになる。


喜んで献金することを仏教の修行と位置づけている。手口がネットで知れると、巧妙に人を騙せる信者は育たないのだろう。

837:神も仏も名無しさん
22/06/05 05:31:20 tRPRJwZs.net
5 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
歓楽は悪華と知れよ世々の人

 心も身をも亡すと知れ

【教主注釈】
歓楽は肉体だけのよろこび、目先だけの楽しみで飽くことを知らない。歓楽は悪魔の投げた餌食と思わねばならない。


人には歓楽を抑制させて、上へ上がればそれが許される。そのルールが新興宗教ではある。教祖一家がその典型であり、特別扱いを受けたい信者が実は搾取されていて、勧誘で同様な人材を集めさせられようとしているだけである。

838:神も仏も名無しさん
22/06/06 06:02:45.52 Bt6yMW4w.net
6 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
執わるる心にはからいありと知れ
 執われ捨てばはからいぞなし
【教主注釈】
執われを持っているから真如の正法を聞いても、はからい心が起こる。人間本位の情的なつながり、これを断つ時、はからいはあべこべに感謝と変ってくる。

この教えを無心に信じるという危険な思考を植え付けようとしている。勧誘しなければ救われないねずみ講の教えに。たまたま霊言が当たり、お力に感謝するようなループにはまると人の都合を考えずに教えを押し付けるようにもなる。

839:神も仏も名無しさん
22/06/07 05:56:18.14 e/Ekr33e.net
7 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
世の中の苦とよろこびの間より
 求め得るのがまこと菩提ぞ
【教主注釈】
よろこびに浮かされ、苦しみに執われていたのでは、本当の因縁消除の道を見出すことはできない。苦の中から、喜びの中から中道の真理を見出すのが、本当の信心である。

苦と喜びの因果関係を教えの霊にこじつけられて教えでの因縁が深まる信者。信心が深まれば教えどおりに歩まなければお力を取り上げられる恐怖が深まるのである。

840:神も仏も名無しさん
22/06/08 05:46:04.70 9mh5lUpY.net
8 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
我れと共に常にましますみ佛を
 忘れずはげめ世々の人々
【教主注釈】
無形のみほとけを有形に信ずるところに、本当の信心があるのではないだろうか、此れは無相接心に生きる苑人の在り方である。

教祖一家のお力から発せられる霊言を有相接心でいただき、それを世の事象にこじつけるのが無相接心である。それは信者本人の状況を知る指導者が助言することでホットリーディングの働きとなり、更に霊言が当たったと思わせるのである。

841:神も仏も名無しさん
22/06/09 06:14:02.61 kr9BT7vx.net
9 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
他が為と修むる教え身につけど
 我が為なれば詰まるとぞ知れ
【教主注釈】
他に語り伝えるために教えを聴聞していった時には、よく身につくものである。

いずれは自分のためになると諭されて勧誘などの取り組みをさせられる。つまり、我が為である。行き詰まるのは教え中心という自分中心だから。

842:神も仏も名無しさん
22/06/10 06:36:26.15 15YllEN6.net
10 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
世的な外に求むる心こそ
 菩提心とぞ悟れ世の人
【教主注釈】 此の-世的-は、本能的の謂いである。人には財的なもの、名誉や地位等こうしたものの外に、聖なるものを求める純真なものがある。これが即ち菩提心である。
ここで示される聖なるものに依存させられると、世の財的なものを貢がされ、この教えでの地位を救われるために求めさせられる。それが仏教の言葉に置き換えられて意味も操作されている。

843:神も仏も名無しさん
22/06/11 05:31:10.47 +R8GZCps.net
11 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
自からの力の限りつくしてぞ
 なすがまことの信というなり
【教主注釈】
力の限りを尽くしたことのない人には信心は解らない。力の限りを尽くして神仏に委ねる-。

ねずみ講型の教えの向かうところに全力を尽くすと、勧誘できるできないで人を見るので軋轢が起こる。この教えの神仏は教えの為にしかお力をくれないことになっているので、教えの為以外には力を尽くさない。駅前の掃除は教えを良く見せるアピールである。

844:神も仏も名無しさん
22/06/12 05:26:11.79 ohiapECy.net
12 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
他が為に我が身ささぐる行いは
 人の身ながら菩薩なりけり
【教主注釈】
此処でも教法を中心にして、他のために我が身を捧げる行いを示している。人間情を中心にして身を捧げることを云うのではない。菩薩に殉教の死はあるが、情死はない。

他が為は人を救う勧誘であり、我の徳というポイントが教えの中で上がることで自分が救われる我が為である。ねずみ講型の新興宗教に殉教しても、カネ、ヒマ、社会的信用を搾取されるだけである。

845:神も仏も名無しさん
22/06/13 06:02:18.84 vQRQOvHU.net
13 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
よきことも悪しきことをも目にみせて
 身の行いにあるを示さむ
【教主注釈】
良い結果、悪しき結果の日々の出来事はすべて自からの行いの果が示されたものと思惟してみるがよい。まことに悪因悪果、善因善果である。

そこに悪ければ修行が足りない、良ければ教えのお陰、という見かけの因果律が介在する。後からどうとでも言える因縁である。

846:神も仏も名無しさん
22/06/14 06:06:49.90 AnpoPYCv.net
14 常楽【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
執われを思い切ってぞ因縁の
 重きを知ると知れ世の人
【教主注釈】
執着の存在を否定することによって涅槃は証せられる-と、涅槃経純陀品に教えられている。

世の執着を捨てさせられ、教えに貢がせ、教えを求めさせられる。それは教えの中のお力、霊位、人間関係に執着させられるようになるだけである。やがて外の世界は不浄で敵ばかりと思うようになる。

847:神も仏も名無しさん
22/06/15 05:55:32.98 PN5TGSX6.net
15 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
最後なるみ教えこそは幾年も
 探し求めし慈母と思わん
【教主注釈】
涅槃のみ教えにふれた時、これこそ探し求めていた、わが母である-という確信をつかむことが出来る。それは修してしる喜びである。

理想の親を求める人の心を狙って理想の親が示される。理想の親の歩みと言われる物語を信じさせられるのがカルトを含む宗教である。悪い情報は極力削除されて完璧な物語が語られ教えの為に貢がされる。

848:神も仏も名無しさん
22/06/16 05:57:53.38 wwiGVZaF.net
16 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
他力より入りて自力と知れぞかし
 これぞ一如のまことなりけり
【教主注釈】
一切お委せは一切お救け -とは、初信のあり方。

この教えに一切を委ねてお力を期待してカネ、ヒマ、社会的信用を犠牲にして献金、無償労働、勧誘をさせられるようになる。これがカルト宗教の一つの形態である。

849:神も仏も名無しさん
22/06/17 05:19:08.41 vHRfFWTV.net
17 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
感謝なき信心こそは消ゆる灯と
 思わばそそげ徳の油を
【教主注釈】
信仰に喜びや感謝が持てなくなった時、それは徳のなくなった証拠であるから、真実の行いを貫いて徳の油をそそいでゆこう。

感謝が要求される。徳は教えの為に勧誘、無償労働、献金が行われると積まれると言われる。しかし、実際に残るのは教えを強要して、信教の自由を侵害した相手との軋轢である。

850:神も仏も名無しさん
22/06/18 05:46:38 Mp1c2kW7.net
18 我浄【今月の苑歌】
【今日の苑歌】
我がことは後になすとも他が為に

 なすはみ法の真理(みち)としるべし

【教主注釈】
大般涅槃経・高貴徳王菩薩品に”他の為にし、のち自らの為になせ”と示されている。他の為にすることが、真如教えの本旨であることを知らなければならない。


他が為はこの教えの為に勧誘してその人を救うことである。その人の不幸をこの教えの因縁メニューに合わせて当てはめなければならない。それは人を陥れる不幸の使者となることである。


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