坐禅と公案133章 中道是空(ちゅうどうは これ くうなりat PSY坐禅と公案133章 中道是空(ちゅうどうは これ くうなり - 暇つぶし2ch■コピペモード□スレを通常表示□オプションモード□このスレッドのURL■項目テキスト66:チゥ(* ^)(*ё_ё*)ポッ♪たん ◇pottan7VXM 20/10/14 02:41:40.86 zwMp1FzW.net 碧巌録(へきがんろく) 第15則 雲門倒一説(うんもん とう いっせつ) 本則 修行僧、雲門に問う、「これ目前の機にあらず、また目前の事にあらざるとき如何(いかん)?」 雲門云く、「倒一説」。 本則 ある僧が雲門に聞いた、 「目前に説法する相手がいないし、説法する課題もない場合にはどうしますか?」 雲門は言った、「引っくり返して説きなさい」。 注 雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師(864~949)。雲門宗の祖。 法系:六祖慧能→青原行思→石頭希遷→天皇道悟→龍潭崇信→ 徳山宣鑑 →雪峯義存→ 雲門文偃 若くして出家し、刻苦精励して大悟されたが、更に境涯の円熟を期して幾多の名僧に歴参された。 「雲門天子」と称された高邁な宗風をもつ雲門宗の開祖であり、その「日々是好日」の句は一般にも良く知られている。 雲門文偃禅師は唐末から五代(864 ? 949)にかけて活躍された名僧である。 その伝記は、何といってもその言行録である『雲門広録』(とりわけ、その末尾の「雲門山光泰禅院匡真大師行録」)が基本となる。 雲門禅師は諱(いみな)が文偃といい、俗姓を張という。浙江省・嘉興の出身であった。幼時から俗世間を厭(いと)い、17歳の時、遂に嘉興の空王寺の志澄律師の弟子となって出家した。 禅師は生まれながら賢く聡明で、経典を読んでも一度で理解して再見を要しないほどであったので、律師も大層その器量を称(たた)えたという。 20歳にして江蘇省・毘陵(びりょう)の戒壇で具足戒を受け、再び志澄律師のもとに戻って、戒律を集大成した四分律(しぶんりつ)を学んだ。 これ目前の機にあらず、また目前の事にあらざるとき如何?: 目前に説法の相手もおらず、また説法する課題もない時どうしますか? 倒一説:一つずつ反転する。一切の定言を価値転換する。 問う、「説法の相手もいないし、テーマもない場合どうしますか?」 答える、「一説など蹴っ飛ばせ! 」 〇 禅は何を伝えるのか。 主人公である、平等である。平等であり、主人公である。この事である。 これは、わたしが、と言うだけではない、全存在が、全宇宙が、主人公である。それぞれは違うが、違っていて同じ、平等である。 次ページ最新レス表示レスジャンプ類似スレ一覧スレッドの検索話題のニュースおまかせリストオプションしおりを挟むスレッドに書込スレッドの一覧暇つぶし2ch