20/09/14 05:16:13.38 corwOQuZ.net
>今の記事を補完する資料として参考になるものを載せてみたいと思います。是は右脳と左脳が交替制を取りながら、
健常者としての毎日が無事に過ごされている事を語っています。処が脳卒中になってしまって右脳の自分と左脳の自分が語られている様子です。
是を見た後では疑問とか悩みとか神経症の説明がたやすくなります。
その為に、脳内に意識或は人格が二人存在している事をしっかりと証明している、脳科学者の動画を載せて置きます。
URL:URLリンク(youtu.be)
もし出ないようでしたら、ジル.ボルト.テーラ脳卒中と検索して下さい。
脳内の二つの意識の関係性を示しているものに、禅の経典などに書かれている言葉があります、それによると、『没交渉』
専門的な読み方をするなら、もっきょうしょう、現代文にすると、ぼつこうしょうになると思います。
右脳の意識は仏性の事ですが捉えどころがないようです。そうして毎日の生活の中では、一日に何百回と交替を繰り返しています。
その舞台は脳梁の中で、です。
修行が整うとか、師匠の指導が良い場合では、この二つの意識が、何百分の一秒の時間だけ出会う場合がある様です。
この体験を見性と言っているようです。『自分自身を知る』という体験です。
ジル.ボルト.テーラー女史の体験のように、稀にこういった体験をする場合がある様です。臨死体験なども同じですが、
死の瞬間に、自我意識を救うという意味で右脳の意識がその姿を見せるようです。
そうしてその姿は、正に永遠の姿をしているようです。死の淵で自我意識という命と肉体は朽ちてゆくとしても、
自分の本当の姿は永遠からやって来て、又永遠にかえってゆくだけと納得をします。
死に逝く人の中で、にっこりと笑っている人は、自身の仏性=命の働きと出会っているからだと思います。」
>一切皆苦は『自意識が右脳からの情報に否定的になっている姿です。』見性後では、全肯定と云った態度になります。
悟りを開いた後では、全てを肯定出来る様になるからです。良い事も、悪い事も全てです。
そうして心の中は、否定すべきものが無くなっています。その姿を涅槃と形容しています。
言葉で表現するなら『静寂に包まれた心の姿』という意味です。心の矛盾が根底から解消した姿の事です。