20/08/22 01:32:00.31 sCNV2g8Z.net
>>740
初期仏教では、決してアートマンを認めていなかったわけではありません。倫理的な行為の主体として、自己(アートマン)を積極的に認めていたのです。 自己(アートマン)が善悪の行為の主体であるからこそ、修行者は真の自己を求めて修行に励み努めなければならないのです。
(ブッダ伝 中村元)
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ブッダは、我(アートマン)を形而上学的に実体視することを極力排除しました、ただし、「自己に頼れ」というときの自己(アートマン)は、実践活動の主体としての我、自己自身として認めていました。
(ブッダ伝 中村元)
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